BREXIT、極右台頭… 扉閉ざす欧州に名匠が警鐘
労働者・移民を撮る監督に聞く
英国のEU離脱や極右政党の台頭など、排外主義が高まる欧州の政治状況に映画作家たちが危機感を募らせている。労働者や移民に寄り添って映画を撮ってきた名匠たちに話を聞いた。
「英国のEU離脱は欧州にとって最大の失敗だ。民主主義や文化的多様性といった欧州を欧州たらしめる価値観が、大衆迎合的政治家のせいで分解していく」
悲劇と日常結ぶ
ベネチア映画祭とベルリン映画祭を制したイタリアの俊英、ジャンフランコ・ロージはそう語る。「海は燃えている」(公開中)はアフリカや中東から難民が漂着するイタリア最南端の島で撮ったドキュメンタリー。難民の悲劇と島民の日常を同時に見つめ、難民問題が我々と地続きの問題であることを想起させる。だがロージの危機感は強い。
「残念ながら近年加盟した国々はEUの価値観を共有できておらず、漂着する難民を共に責任をもって受け入れようとしない。欧州各国が責任を分かち合うことができなくなった時、欧州そのものが崩壊する」
「受け入れられた移民がその国の社会に適応できるかということも重要だ。現実には多くの2世や3世に未来がなく、問題が噴出している。フランスやベルギーで起きた事件は最たるものだ。テロリストは舟で来るのではない。その国の中で育まれる」とロージ。
カンヌ映画祭で2度最高賞を受けたベルギーのジャンピエール・ダルデンヌとリュック・ダルデンヌの兄弟も故郷の工業都市リエージュを舞台に移民や労働者を描いてきた。「午後8時の訪問者」(4月8日公開)は仕事に気をとられ夜中に診療所のドアを開けなかったため、身元不明の黒人少女を死なせてしまった女医の物語。責任を感じた女医は、墓に記す少女の名前を突き止めようと奔走する。
「ドアを開けなかったことは、現在の欧州が移民にドアを閉ざそうとしていることの寓意(ぐうい)でもある」とジャンピエール。現状を「自国さえよければいいという考えが広がり、欧州が弱体化している。自由、平等、政教分離、女性の権利など欧州の守ってきた価値観が揺らいでいる」と見る。
無関心に逆らう
リュックは女医の果敢な行動をこう説明する。「なぜ彼女はそこまで罪悪感を抱くのか? 答えはないが、その問いこそがこの映画なのだ。他者に無関心な今の世界の大勢に逆らって、彼女はかかわっていく。そこに時代を反映させた」
英国の巨匠ケン・ローチもEU離脱後を悲観する。「単一市場から撤退すれば、投資しやすい国にするため、安い労働者の賃金はさらに抑えられるだろう。政府は減税し、教育や福祉の予算は削られるだろう。労働者階級はますます痛む」
カンヌで2度目の最高賞を獲得した「わたしは、ダニエル・ブレイク」(3月18日公開)では、失業保険受給者への制裁措置の乱発など現政権の福祉切り詰めを痛烈に批判する。「状況は撮影時よりさらに悪化している。根底には貧困や失業を当人のせいにするカルチャーがある」とローチ。
映画では労働者と黒人移民が協力する場面があるが、現実はどうか。「貧困が深まり、経済が厳しくなれば、古い住民と新しい住民の間に緊張も生まれるだろう。しかし差別主義には政治的機能があることを忘れてはならない。権力者は弱い立場の人々の間に意図的に緊張関係を持ち込み、労働者階級を分断する」
では映画作家に何ができるのか。ジャンピエール・ダルデンヌはこう答えた。「我々は謙虚であるべきだ。文化の力を過信するのでなく、人間として何ができるかという可能性を語る。そうすることで映画は人を動かすことができる。芸術は野蛮に抵抗できる」
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2017年2月28日付]
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