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ドラッグと分断社会アメリカ カール・ハート著努力で壁乗り越えた人の回顧

2017/3/1

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現在は、いかなる微量でも薬物の所持・使用を許すべきではないとされている。摂取すると合理的判断ができなくなると考えられているからだ。だがそれは「薬物依存神話」であり誤っていると本書の著者はいう。

(寺町朋子訳、早川書房・3000円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

著者は神経科学の立場からドラッグ常用者に対して実験を行ない、必ずしも薬物摂取がそのまま依存に繋(つな)がるわけではないことを示している研究者だ。

酒を飲む人=依存症ではないように、薬物摂取者=中毒患者ではないという。著者によれば現在の刑罰は薬理作用に基づいておらず、背景には人種差別や偏見があり、そして刑務所への収監は、むしろ事態を悪化させていると指摘している。

それを理解してもらうために書いたという本書だが、実際の中身は彼の回顧録である。著者はマイアミの貧しい黒人居住地区の出身だ。万引きそのほか数々の軽犯罪のほか、麻薬の売人をやっていたこともある。だが今は大学教授だ。

面白半分に銃を通行人に向けるような人間だった彼を、他の仲間たちと違う道へと誘ったものは「クール」であろうという強い自己意識だった。あとは団体スポーツへ打ち込むことで練習を積み重ねることの重要性を理解していたこと、祖母が学業を重視していたこと、そして空軍への入隊だ。

適切な人たちに出会った彼は学ぶに従って黒人としての意識に目覚め、そして脳科学に深い興味を持っていく。犯罪歴のほか、知らないあいだに息子がいたことなどが赤裸々に語られている。まるで映画のなかの登場人物の話のようだ。

薬物は反社会的組織の資金源になっている。一概に薬物それ自体の危険性、依存性の有無だけで刑罰が決まっているわけではない。著者は自らの経験をもとに薬物撲滅は非現実的であるとし、非犯罪化を提唱している。合法化とは違うのだが、やはり、そうはいかないだろうと思わざるを得ない。

邦題は『ドラッグと分断社会アメリカ』だ。だが、著者の人生から感じられたことはむしろ米国が分断を乗り越えられる社会的仕組みを持っているという事実だ。

誰もが乗り越えられるような低い壁ではない。だが著者は実際に抜け出して大学教授にまでなった。「分断社会」という側面よりも、彼が乗り越えたという事実に目を向けるべきである。著者自身が言うように、世界は改善のための努力を惜しまない人間には開かれている。

(サイエンスライター 森山 和道)

[日本経済新聞朝刊2017年2月26日付]

ドラッグと分断社会アメリカ 神経科学者が語る「依存」の構造

著者 : カール ハート, Carl Hart
出版 : 早川書房
価格 : 3,240円 (税込み)

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