プーチンの世界 フィオナ・ヒル、クリフォード・G・ガディ著矛盾だらけの「アウトサイダー」

米国人はプーチン・ロシアには心穏やかでない。昨年の米大統領選挙もロシア大統領が陰の主役であったことは記憶に新しい。ロシアは米国にとってトラウマなのか、それとも米フォーブス誌の「影響力のある人物」ランキングで4年連続1位のプーチンが問題なのか。

(濱野大道・千葉敏生訳、畔蒜泰助監修、新潮社・3200円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

米国のオバマ前大統領は当初、ロシアとの関係をリセットすると提起した。しかし結果は冷戦的な緊張の再来となり、最後はロシアの選挙介入批判とロシア外交官の追放だった。これに対し、プーチンも尊敬する米国のキッシンジャー博士の助言もあり、対ロ・デタント(緊張緩和)を主張する新任のトランプ米大統領だが、米ロ和解どころか、首脳会談にもまだたどり着いていない。

こうした中だから、米国で書かれた質の高いプーチン・ロシア論が日本でも紹介されたことには意義がある。著者はプーチン大統領を囲むバルダイ会議などで評者も知る米国きってのロシア専門家だが、その会見内容もふんだんに利用されている。

プーチンは歴史書を好んで読む。「サバイバル」のためモスクワ大公国以来の歴史を重視する。21世紀ロシア再建の指導者は矛盾した人物でもある。市場重視だがソ連回帰を疑われる。彼はあらゆる集団や潮流から「アウトサイダー」でもある。現実主義者でイデオロギーはない。自由経済にコミットするが、エネルギーのような戦略セクターは国家が握る。

ソ連末期東ドイツにいた政治警察(KGB)出身だが、逆説的にもこの部門は改革派の拠点でもあった。中途退職しサンクトペテルブルク市長となった恩師を助けたが挫折、だが4年後にはなんとエリツィンの後継者となっていた。

プーチン自身も国家主義者、否、保守的な信仰者でもある。世界最高の金持ちとも、質素な人格ともいわれるが真相は不明、矛盾だらけの評判だ。

ロシア経済は相変わらずの制裁下、エネルギーに依存するしかない。国防費もサウジアラビア以下なのだが、それでも世界政治における第一人者は、得意なドイツ論と並んで、日中バランスの観点から安倍政権にも保険をかける、多角的視点を得意とする。

本書は第一級のプーチン論だが、ミスが惜しい。一族の出自はリャザンでなくトゥベーリ。今年はロシア革命100年だから、レーニンとプーチンの祖父との個人的関係には触れてほしかった。

(法政大学教授 下斗米 伸夫)

[日本経済新聞朝刊2017年2月26日付]

プーチンの世界

著者 : フィオナ ヒル, クリフォード・G. ガディ
出版 : 新潮社
価格 : 3,456円 (税込み)