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このセミ、本物? 伝統技法で板金に「魂」打ち込む 谷口鈑金専務、谷口宜伸

2017/2/25 日本経済新聞 朝刊

厚さ0.2ミリの銅板で制作した

仕事を終え家に帰り、妻の手料理を食べて、ひとっ風呂浴びる。息つく間もなく和室に向かい、ドカッとあぐらをかく。さあ、昨日の続きだ。

トン、トン……。細い棒に厚さ0.2ミリの銅板を載せ、金づちで慎重に叩(たた)く。思い通りの曲面になるまで数時間根を詰める。写真のセミは、こうやって叩いたり曲げたりした30個ほどのパーツを組み合わせて仕上げた。

建築板金工として磨き上げた技術を生かし、10年前から昆虫などを題材にした工芸品を作っている。ゲンゴロウやダンゴムシなど作品は30種類以上、1000個あまりにおよぶ。精緻さには自信があるから、あらゆる角度から眺めてほしい。

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■競技大会で優勝飾る

高校を卒業し、父と同じ板金工になった。住宅の雨どいやトタン屋根などを手がけており、銅板をハサミで切り、金づちで叩き、つかみで曲げ、ぴったりの形に加工する。父は妥協を許さない人で、職人としてのあり方をたたき込まれた。

腕を磨こうと、30歳のとき全国建築板金競技大会に挑んだ。水差しなどの課題を制限時間内に作り、精度と美観を競う。0.1ミリのズレでも減点される厳しさだ。昔から没頭するたちで、何事も徹底しないと気が済まない。大会前の半年間、1日も休まず深夜まで練習した。努力が実り、翌2006年、2度目の出場で優勝を手にした。

伝統的な建築板金技術は奥が深く、職人芸といっていい。ところが、ここ数十年で汎用品に押されて需要は落ち込み、廃れつつある。優勝後、多くの人に技術のすごさを知ってもらう方法はないかと考え始めた。

「お兄ちゃん、ひとつどう」。ちょうどその頃、家族で出かけた山口県の鍾乳洞で、露天商に声をかけられた。細長い葉っぱをササッと編んでいる。これだ! とひらめいた。はやる気持ちをおさえつつ、草バッタを握りしめて帰った。

造形物を見れば、それが銅板で作れるかどうかはわかる。同じ方法で薄い銅板製のバッタができると直感した。幅2センチ、厚さ0.1ミリの銅板を草に見立て、切りこみを入れて編んだ。草より固くて厚いからヨレて何度も失敗したが、なんとか美しい作品が完成した。

ここからはもう夢中だった。リアルな昆虫を作ろうと、図鑑の写真とにらめっこしながら構造をつかみ、チョウやカマキリの展開図をおこした。

加工には板金技術の粋が詰まっている。例えばカマキリのそりあがったお尻。屋根の一文字ぶきの技術を応用し、蛇腹状に銅板を折ってから曲げた。カブトムシの胴体の丸みは、先端が樹脂の打ち出し棒に銅板を載せ、丁寧に叩いていく。表面をなめらかにするために裏から叩くのがミソだ。

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■熱中しすぎ十円はげが

パーツにゆがみがあると組み立てられないので、寸分の狂いなく調整しなければならない。夜の8時に始めても、セミの胴体だけで朝の4時までかかる。初めは年に300個ほど作ったが、十円はげができてさすがにペースを落とした。上達した今でも、うまくいくのは5体のうち2体。最高の技術を見せるのが目的だから、精度や美しさは一切、妥協しない。

本物のように関節が動く自在置物にも取り組んだ。東京の遊園地、としまえんの昆虫館で館長に「サソリを作りたい」と相談すると、「サンプルがあるよ」と2体、標本を分けてくれた。生きたサソリもその場で手に載せ、じっくり観察した。動かすには強度が必要だから、0.8ミリの銅板を使う。いつもより分厚いぶん難しく、完成には丸1年かかった。

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■飛べ、100年後まで

10年前は「昆虫なんか作ってどうするの?」とずいぶん冷やかされたが、地元の広島県から表彰されたり、講演依頼を受けたりするようになると、反応も変わった。展覧会では子供から主婦、昆虫マニアの方まで、熱心に見て、触って、驚いてくれる。とくに人気なのがムカデの自在置物で、首に巻きつけて写真を撮る人も多い。

谷口鈑金専務、谷口宜伸さん

数年前、広島県福山市の寺を仕事で訪ねた。話のネタに住職にセミの作品を見せると、「これはええ。セミは防火を意味し、清水寺の蔀戸(しとみど)にも装飾されとる」とのこと。気に入って本堂の縦どいに取り付けてくれた。人気がじわじわ広まり、じつはいま、全国各地の神社仏閣に僕の作った銅のセミがとまっている。

最大の目標は、建築板金の技術を後世に残すこと。寺や神社に作品があれば、100年後も残っているかもしれないと、思わず興奮してしまう。

(たにぐち・よしのぶ=谷口鈑金専務)

[日本経済新聞朝刊2017年2月23日付]

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