債務、さもなくば悪魔 アデア・ターナー著
主流派のタブー破り論争起こす
2008年の金融危機から8年以上、経(た)ったが、世界の主要国はその後遺症に苦しめられている。わが国も相変わらず低成長と公的債務の増大という問題を抱え、アベノミクスへの当初の期待も萎(しぼ)んでしまった。
著者は、景気の回復力が弱いのは、過剰債務の景気抑制効果が働いているからだとみるが、留意すべきは、通貨を創造し購買力を創出する方法が2つに区別されていることである。
一つは主権国家と中央銀行が通貨を増刷し、負債(国債)の発行ではまかなえない財政赤字を穴埋めする方法。これが「マネタリーファイナンス」と呼ばれている。ヘリコプターマネーという言葉は、米国の経済学者、ミルトン・フリードマンが、経済が需要不足に陥ったとき、政府が紙幣を増刷し、ヘリコプターからばらまけばよいというたとえ話を使ってから有名になった。もう一つは、民間の銀行が企業や家計に信用を与えて新たに通貨を創造する方法だ。
著者の基本的な主張は、こうである。主流派経済学はマネタリーファイナンスには強硬に反対してきた。他方、民間の信用創造は何度も行き過ぎて投機やバブルを招いたにもかかわらず、自由な金融市場を正当化する効率市場仮説や合理的期待仮説に依拠して全面的に容認してきた。だが、2つの方法にはそれぞれ長短の両面があり、それらを考慮して政策手段を考えるべきであると。
伝統的な財政刺激策に限界があり、超金融緩和も顕著な成果を上げられないのなら、マネタリーファイナンスも選択肢の一つだと著者は主張する。乱用を避けるために、「毎年創造できる通貨量に限度を設ける」「インフレターゲットを採用する独立した中央銀行に量の決定を委ねる」なども提案するが、それだけで財政規律や中央銀行の独立性は保てるのだろうか。もし一部の政治勢力が介入してきたらどうなるのか。疑問はたくさんあるが、著者は、マネタリーファイナンスの副作用(購買力の不適切な配分による非効率)を強調するよりも、民間の信用創造が行き過ぎて不安定なブームと破綻を繰り返す危険性のほうを問題視している。
このような主張は、「幸いにも」わが国の論壇で多数派ではないが、ケインズ研究の大家ロバート・スキデルスキーでさえ、最近の論文で著者と類似の政策も選択肢に入ることを示唆している。マネタリーファイナンスを巡るタブーを破り、論争を引き起こそうとしている著者の勇気は買ってもよい。
(京都大学教授 根井 雅弘)
[日本経済新聞朝刊2017年2月19日付]
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