アウトサイダー フレデリック・フォーサイス著
取材に基づく小説執筆の日々
作家には2種類あると思う。取材も含め、自分の経験を書く人と書かない人だ。
『ジャッカルの日』など、国際謀略小説のベストセラーを連発したフレデリック・フォーサイスは、明らかに前者だろう。綿密な取材とスリリングな経験に基づいたリアルな物語というのが、昔から作品の枕詞(まくらことば)だった。
自伝ということで、本書では時間軸を追ってフォーサイスの人生が語られる。パイロットを目指してイギリス空軍に入り、その後ジャーナリストとして世界各地を駆け巡り、さらに作家デビュー、多くの作品が世界的ベストセラーになって――と、その足跡が短いエピソードの積み重ねで次々と紹介される。
注目はやはり、1970年代に衝撃を与えた3冊の本、『ジャッカルの日』『オデッサ・ファイル』『戦争の犬たち』が書かれた背景だ。いずれもジャーナリスト時代の任地だったフランス、旧東ドイツ、アフリカでの経験が、後に小説にリンクしていく様が描かれる。
さらなる注目ポイントは、イギリスの情報機関に協力したエピソードだろう。1973年には、東ドイツで「協力者」との接触任務を引き受けた。92年には、アパルトヘイト(人種隔離政策)の終焉(しゅうえん)間近な南アフリカに渡り、「ある重大な情報」を高官に確かめる――この辺りのやり取りは、まさにスパイ小説を地でいく感じである。
だが、個人的により興味深いのは、その大胆な取材活動だ。コカイン密輸を取材するために飛んだギニア―ビサウではクーデターに遭遇し、激しい内戦が続くソマリアの名目上の首都・モガディシュへ潜入取材を敢行する。ただし、サダム・フセイン政権下のイラクだけは現地取材を諦め、滞在経験者に話を聞いた――私もイラクを舞台に書いた時には同じようにした。フォーサイスでさえ直接取材を諦めたのだから、この時の判断は間違っていなかったと思う。
読み進めるうちに、フォーサイスの根っこは、「作家」ではなく「ジャーナリスト」ではないだろうか、と思えてきた。アウトプットされるのがリアルな記事か小説かという違いだけで、「現地を見なければ」という信念は、まさにジャーナリストのそれだ。
そしてもう一つ。たぶんフォーサイスは、まだ全てを語っていない。あまりにも危険な取材をしてきたが故に、語れない事実があると思うのだが、私たちはいつかそれを目にすることがあるのだろうか。
(作家 堂場 瞬一)
[日本経済新聞朝刊2017年2月12日付]
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