強迫症、あえて不安と対峙 「認知行動療法」広がる

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ドアの鍵を閉めたか心配で何度も確認する。火事が起きないか気になって仕方がない――。不合理だとわかっていても、不安を和らげるために特定の行為をせずにいられないのが強迫性障害(強迫症)だ。重症化すると日常生活に支障を来し、引きこもりになることもある。近年、医師の指導のもと、あえて不安な状況を体験して行動を変えていく「認知行動療法」が広がり、一定の効果を上げている。

都内にすむ20代の男性は、1年ほど前から強迫性障害の症状が出始めた。ドアの鍵を閉めたのを何度も繰り返し確認する。家中のコンセントを全部抜かないと火事が心配で外出できない。こうした確認行為だけで毎回30分を費やし、会社勤めが難しくなった。

家族の勧めで、男性は大学病院に入院した。強迫性障害と診断され、医師の助言のもと認知行動療法に取り組んだところ、約半年で退院した。その後、男性は無事に社会復帰した。

強迫性障害には不安や不快感の原因となる「強迫観念」と、それをぬぐうための「強迫行為」がある。

強迫観念には、火事や事故が起きるかもと過剰に心配する、一部のモノや行為を必要以上に不潔に感じる、特定の数字や順序に執着するなどがある。これらの強迫観念からくる不安を軽くするため、何度もガスの元栓を確認したり、安心するまで手を洗い続けたりするのが強迫行為だ。

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強迫行為を繰り返すうちに時間が過ぎ、会社に遅刻する、外出ができないなど日常生活に支障を来す。周囲は心配し、本人も自覚しているのだがやめられない。以前は治すのが難しく、患者は悩み続けてきた。

だが「最近は認知行動療法と薬物療法が発展し、症状の改善が期待できるようになった」と、千葉大学子どものこころの発達教育研究センターの中川彰子特任教授は話す。

認知行動療法は徐々に広がっており、有効性を示すデータの蓄積も進んでいる。強迫性障害の治療に用いられるのは、「曝露(ばくろ)反応妨害法」と呼ばれる方法だ。あえて強迫観念を招くような場面に患者を立ち向かわせ、強迫行為をせずに我慢することで不安が軽くなることを体験してもらう。強迫観念から不安が生まれて強迫行為に至り、それでも解消されず再び強迫行為を繰り返す負の連鎖を断ち切るのが狙いだ。

厚生労働省は昨年、中川特任教授らが執筆した医師向けの「強迫性障害(強迫症)の認知行動療法マニュアル」をネットで公開した。治療は専門医が、時間をかけて進める。患者が曝露反応妨害法を試みることに同意すると、図などを使って強迫性障害が起きる仕組みを詳しく説明。そのうえで自分の症状を把握し、治した場合のプラス面を考えてもらう。筑波大学付属病院精神神経科の塚田恵鯉子病院講師は「患者がやる気になることが第一。動機づけが重要だ」と話す。

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患者はまず、不安を起こすモノや状況を、不安の度合いで点数化した「不安階層表」を作る。例えば汚れが不安な場合「公衆トイレで用を足す」のは100点、「自宅のトイレの壁を触る」のは30点といった具合だ。数値にすることで患者は自分の状況を客観的に把握でき、医師とともに治療の進め方を決められる。

面談では比較的簡単にできそうな課題をいくつか設定する。「家のゴミ箱にゴミを捨てた後、手を洗わずに近所を散歩する」などだ。可能なら診察室で医師が実際にやって見せ、患者も同じように実行する。患者は帰宅後もできたかどうかを記録し、次の診察で課題の達成度を確認する。

治療の当初は不安が増すものの、根気強く続ければ苦手な場面に直面しても不安をあまり感じなくなる。治療の進捗は人それぞれだが、「数カ月ほどで症状が改善することもある」(塚田講師)という。抗うつ剤を併用しながら進めることも多い。

認知行動療法は、患者自身が「治そう」と決意しないと前に進まない。効果を上げるには、患者の積極的な参加が不可欠だ。一見簡単そうに見えるが、自己流で始めるとやる気の維持が難しく、効果を期待しにくい。専門家と二人三脚で進めることが重要だという。

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ストレスなど引き金に

強迫性障害の有病率は人口の1~2%程度といわれる。幅広い年代で発症するが、10歳前後や20歳過ぎがピークとされている。発症は生活の変化やストレスがきっかけになる。両親の離婚や就職、結婚など、環境の変化が引き金となりやすい。筑波大病院の塚田講師は「火事などに直面したトラウマが発端となることもある」と話す。複数の強迫観念に同時にとらわれ、苦しむ人も多い。

強迫行為をすることで一時的に不安は和らぐが、また不安に襲われる。千葉大の中川特任教授は「どんな強迫観念や行為をとるのかは人それぞれ。症状の重さも違う」と話す。症状が重いと、外出できなくなるなど日常生活に支障が出る。不潔を極端に嫌がる患者がドアノブに触れることができず、常に家族に開けてもらっている例などがある。

発症のメカニズムはわかっていない。脳内の神経伝達物質であるセロトニンが関与しているとの仮説があるほか、遺伝的な要因や発達障害との関わりも示唆されている。脳の画像撮影装置を用いて、発症の仕組みや治療の効果を探る研究が進んでいる。

(山本優)

[日本経済新聞朝刊2017年2月12日付]

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