白血病ウイルスの母子感染を防ぐ 自身発症にも不安
授乳制限の悩み 相談支援を急げ
「義母から『なぜ子供におっぱいをあげないの』と責められる」「母子感染は防げたが、自分の発症が心配」
NPO法人「スマイルリボン」(鹿児島市)の菅付加代子理事長(59)のもとには、全国のHTLV1の感染者から多くの相談が寄せられる。このウイルスは母乳による母子感染が6~7割を占める。菅付理事長は「周りが十分理解せず、特に母親がつらい思いをして相談してくるケースが多い」と明かす。
妊婦健診に追加
国内では推計で約82万~108万人が感染。ウイルスは縄文時代から日本列島に存在したとされ、感染者は世界的にも日本が多く、特に九州など西日本に目立つ。
感染力は極めて弱く自覚症状もない。ワクチンや特効薬がなく、一度感染すると体内から消えることはない。感染者の約5%は難治性の希少がん「成人T細胞白血病(ATL)」を発症する。まれに神経難病で足が不自由になったり、排尿障害が出たりする「HTLV1関連脊髄症(HAM)」などの原因にもなる。元宮城県知事の浅野史郎氏もこのウイルスによってATLを発症し、闘病した。
国は2010年、医療体制整備や治療法研究などを進めるための「総合対策」を策定して取り組みを強化。厚生労働省に対策推進協議会を置き、都道府県への対策協議会の設置も進めた。母子感染を防ぐため、妊婦健診の「標準的な検査項目」に同ウイルス検査を追加し、公費負担で検査を受けられるようにした。
妊婦健診で感染が分かると、授乳方法を工夫する必要がある。(1)粉ミルクのみで育てる(2)母乳を生後3カ月程度にとどめる(3)一度凍結した母乳を与える――という方法がある。母乳を与え続けた場合の感染率は15~20%だが、いずれかの対策で3%程度に下げることができる。
年5000人超に診断
検査体制が整い、診断される人は増えている。東京大医科学研究所の内丸薫教授によると、妊婦健診で年約2000人、献血時の検査で年約1500人、その他検査で年1500~2000人と「少なくとも毎年、推計で約5000人超が診断されている」という。
そうした中で「十分な相談支援体制が整備されていない」(内丸教授)。国の総合対策は主な相談窓口として各地の保健所を想定。がん診療連携拠点病院の相談支援センターや産婦人科、一部の血液内科などでも相談に応じている。ただ感染者が抱える悩みや課題は母子感染予防から自身の発症への不安、生活上の注意点など幅広い。保健所などで一括して相談支援に対応するのは難しく、十分に活用されていないのが現状だ。
内丸教授らが感染者約100人を調べたところ、93%が「相談支援を受けたい」と回答。うち約半数は実際に支援窓口に足を運んでいたが、残る半数は支援を受けずにいた。内丸教授は「潜在的なニーズがあるのに、十分に応えられていない。都道府県やブロックごとに拠点病院を置くなど『ここに行けば対応してもらえる』という体制を整えるべきだ」と訴える。
05年にスマイルリボンを設立し、電話相談や講演会などに取り組んできた菅付理事長も20代で輸血を通じて感染し、HAMを発症。足が動かなくなるなどの症状で車いす生活を送る。「誰にも相談できない感染者がたくさんいる」と支援の拡充を望み、「相談や啓発を通じて感染予防が徹底されれば、いつかこのウイルスを日本から無くすことができる」と話す。
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性感染、男性も対策必要
成人T細胞白血病ウイルス(HTLV1)は性行為や輸血でも感染する。1986年以降は献血時にウイルス検査が行われるようになり、輸血での感染の恐れはなくなった。母子感染でも対策が進んでおり、性感染防止が課題になりつつある。
国立感染症研究所などは、繰り返し献血を受ける中で陰性から陽性に変わった人の割合などから新たな感染者数を推計。年間約4000人が感染し、多くは性感染が原因とみられるという。
感染から発症までは数十年かかるとされ、成長後の感染で本人が発症する恐れは低い。ただ性感染では主に精液を介して男性から女性にうつり、その後に母子感染する危険がある。感染予防は女性だけでなく、男性も取り組むべき問題といえる。
(倉辺洋介)
[日本経済新聞朝刊2017年2月5日付]
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