からすけ 確かにボクの70歳のばあちゃんは毎朝散歩して元気いっぱい。でも、高齢者を75歳以上にしたら、ばあちゃんと呼べなくなるの?
定義色々「75歳」と提言も
イチ子 お医者さんの集まりで高齢者の医療に詳(くわ)しい日本老年学会と日本老年医学会という2つの学会が、「65歳以上」という高齢者の定義を75歳以上に変えようと提言したの。私たちのおばあちゃんのように元気な人が増えているのが大きな理由ね。
からすけ 高齢者の定義って変えられるんだ。
イチ子 そもそも、高齢者が65歳からというのは、法律で「20歳を成人」としているのとは違(ちが)うの。医学的な根拠もないわ。日本をはじめ欧米の先進国が65歳以上を高齢者としているのは、19世紀後半のドイツ帝国でビスマルクという首相が65歳以上に年金を支給したのが始まりらしいのよ。1956年、国連が高齢者を65歳からとして以来、世界に広まったといわれるわね。
からすけ そうなんだ。
イチ子 歴史的な慣習といっていいわね。日本では、高齢者の定義がいろいろあるの。みんなでお金を出し合って高齢者の医療費の負担を抑(おさ)える医療保険の場合は、前期・後期高齢者(キーワード)といって、高齢者を2つに分けているわ。一方、自動車の運転の場合は70歳以上が高齢者にあたるの。車の目立つ所に、もみじのような形のマークを付けるわね。あれが高齢者マークよ。ちなみに今回の学会の提言では65歳から74歳を、高齢者の準備段階である「准(じゅん)高齢者」と名付けたわ。
前期・後期高齢者 高齢者医療の区分で前期65~74歳、後期が75歳以上。後期の自己負担比率は1割と前期より低い。
生産年齢人口 国内の生産活動に就いている中核の労働力となる年齢の人口のこと。ピークは1995年の8720万人。
からすけ 前期、後期、それに准。お年寄りの定義を覚えるのは大変だ。
イチ子 56年の日本人の平均寿命は男性63.59歳、女性67.54歳。それが2015年は男性80.79歳、女性87.05歳と大きく延びたわ。4人に1人が65歳以上と長寿になった今、学会は高齢者の体や知能を調べたの。それによると、歩く速さや握力など身体能力が向上。知能検査は00年と10年で比べると、平均得点が10歳若返っていることが分かったわ。若返りはデータが示していると、学会は主張しているの。
からすけ それじゃ、ボクのばあちゃんの頭や体は60歳かもしれないね。
ずっと働きたい人も多いよ
イチ子 日本の会社は60歳を定年にしているところが多いけれど、体が丈夫なうちは働きたいと思っている人はいっぱいいるの。国が40歳以上の男女1600人ほどに「何歳まで働きたいか」と聞いたところ、最も多かったのは「働けるうちはいつまでも」、次いで「65歳くらいまで」だったわ。社会に支えられるのではなくて、できるだけ支える側にいたいと考えているのね。働く意欲だけではなくてボランティア活動も盛んよ。
からすけ なるほど。
イチ子 実際、定年後も待遇を変えて働き続けたり、パートやアルバイトをしたりする人は増えているの。国の労働力調査によると15年、65歳以上の労働力人口は744万人と4年連続増えたの。15~64歳の生産年齢人口(キーワード)は15年の時点で7700万人いるけど、少子高齢化で減り続けているわ。65歳以上が日本の労働市場を支え始めているのね。
からすけ そういえばコンビニで働いている人で、年を取った人をよく見かけるね。
イチ子 歌手で俳優の中村雅俊(まさとし)さんは66歳だけれど、若々しくて高齢者のイメージはないわ。テレビでよく見かけるお医者さんの日野原重明さんは何と105歳。全国を講演で飛び回って、フェイスブックなどの交流サイトを使いこなすのよ。海外ではロックバンドのローリング・ストーンズのボーカリスト、ミック・ジャガーさんが73歳になってもコンサート会場を走り回っているわ。働く意思のある限りは働く「生涯現役」の実践者ね。
からすけ これからも頑張ってほしいな。
イチ子 中村さんやストーンズのコンサートに詰(つ)めかける人々も元気な高齢者なのよ。仕事も趣味も楽しんで外に出ようとする人たちは、「アクティブシニア」といわれているわ。
からすけ いつまでも青春なんだ。
イチ子 もちろん、高齢者がすべて元気ではないわ。体力や気力で個人差があるし、思いもかけず介護が必要になるかもしれない。高齢者の定義はともかく、それぞれの状態に応じて社会参加できる仕組みや社会保障制度を整える必要がありそうね。

東京都立桜修館中等教育学校の荒川美奈子先生の話 江戸幕府には幕政を統括する老中を助けて江戸城の警備や旗本・御家(ごけ)人の統制を担当する若年寄という役職がありました。老中や若年寄らは合議で政治方針や施策を決定し、将軍はそれを承認するのが原則でした。老中や年寄とあると、高齢の人しかなれない役職に見えますが、「老」や「年寄」には、円熟や威厳などものごとに精通しているという意味があります。
責任ある仕事を任せられる経験値を表す年寄という職名は、江戸時代の村役人や相撲の親方の資格などにも使われています。定年延長が当たり前になった現在、知識と経験を生かして仕事をしている人々に圧倒されることも少なくはありません。
さて、若年寄には年の割には活気がないという意味も。若い皆さんは、丸めた背筋をしゃっきり伸(の)ばして、元気に新学期を迎(むか)えましょう。
[NIKKEIプラス1 2017年2月4日付]