医療ケアの子どもも保育所へ! 看護師や専門職員配置
国や自治体、地域で受け入れ模索
「やったー、できた」。ビルの一室に開設された「障害児保育園ヘレン 荻窪」(東京・杉並)。床に転がったカラーボールを投げたり、的に当てたりと楽しげに体を動かす子供たちの元気な声が響く。
ここは看護師や研修を受けた保育士らが、未就学の障害児を長時間預かる障害児通所支援施設だ。日常生活を送る上でケアが必要で、受け入れる保育所や幼稚園が見つからない子供らが通っている。
こうした子供は「医療的ケア児」と呼ばれる。例えば自力呼吸が難しい子供はのどを切開し「気管カニューレ」などを挿入、気道を確保するが、カニューレにたまるたんなどは吸引しなければならない。チューブから水分や栄養分をとる経管栄養や人工肛門などでも同様にケアが必要だ。
医療進歩で増加
厚生労働省の推計では、在宅医療を受けているこうした19歳以下の子供は2015年度で約1万7千人。技術の進歩で命は助かっても障害などが残るケースが増え、医療的ケア児は10年前の約2倍になった。
ケアは医師の指導のもと家族のほか、研修を受け自治体に認定された保育士らも担うことができる。ただ義務教育で特別支援学級など一定の受け入れ体制がある小中学生と違い、未就学児が通える保育所や幼稚園は少ない。
ケアするためには常時寄り添う人員を配置する必要があるが、人手不足の保育所などは多く、増員する余裕がないためだ。看護師を配置するのも容易ではない。これらを背景に、厚労省によると2015年5~7月に保育所や幼稚園などを利用していない5歳以下の医療的ケア児は約8割に上る。埼玉医科大学総合医療センター(埼玉県川越市)の奈倉道明医師は「子供が通常、生活する場に通えなくなってしまっている」と指摘する。
「どこに息子を連れて行けばいいのかが今、一番の悩み」。未熟児として生まれ、気管切開した長男(1)を育てる東京都大田区の勝部美奈子さん(37)はこう話す。長男はたんの吸引が必要で受け入れる保育所がない。友人宅などで同年齢の子の輪に加わってはしゃぐ姿を見るたび、集団生活を体験させたいと願う。
こうした行き場のない子供をどう地域で受け入れていくか。16年5月には改正障害者総合支援法が成立。心身の状況に応じ適切な支援を受けられるよう、自治体などに必要な措置を講じるよう求めた。
ケア児枠を設定
17年度から厚労省は子供の健康状態をよく知る障害児通所支援施設の職員が保育所などに同行するモデル事業を全国5カ所の自治体で始める。保育所などには看護師を配置し、たん吸引などができるようにする。
川崎市では15年、経管栄養が必要な子供がいったん保育所の入所に内定しながら、「ケアができない」と結局は受け入れられなかった事態が起きた。これを受け16年度から市内の保育所2カ所で看護師の配置を増やし、医療的ケア児の受け入れを開始。17年度に7カ所に広げる。東京都世田谷区も18年度から保育定員のなかに「医療的ケア児受け入れ枠」を設け、区内の保育所1カ所で受け入れる。19年度には3カ所増やす計画だ。
同年齢の子供との関わりは成長や機能回復などにつながる。「ヘレン 荻窪」では、気管切開して声を出しづらかった子供が周りの子の話す姿に触発され、発声できるようになったことがあるという。遠藤愛園長は「リハビリで大人が励ますより、『友達みたいにやってみたい』と感じることが何よりも大きなパワーになる」と話す。
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超低体重児、35年で2倍 ケア必要な子、増加の背景に
医療的ケア児が増えている背景の一つに、1000グラム未満で生まれる未熟児(超低出生体重児)の増加がある。厚生労働省の人口動態統計によると、2015年の出生数は約3千人と、1980年に比べると約2倍に増えた。
出産時のリスクが高い妊婦などを受け入れる「総合周産期母子医療センター」や新生児集中治療室(NICU)など高度な医療が受けられる施設の整備が進んだためだ。以前は命を落とすこともあったが、人工呼吸器を装着するなどして退院できる例が増えている。
厚労省によると、自宅で人工呼吸器を付けている子供は15年度で約3千人を超えており、10年前の約12倍に増加。こうした医療的ケア児の約9割はNICUや集中治療室(ICU)への入院経験があるという。
(山内菜穂子、辻征弥)
[日本経済新聞朝刊2017年1月29日付]
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