庶民の知恵が生んだ栃木 2月の郷土食「しもつかれ」
ごちそう残り 丸ごと煮
薄茶色の見た目はお世辞にも美しいとはいえない。だが口に入れると、根菜と酒かすの甘み、サケのうまみ、煎り豆の香ばしさが混然となって広がる。栃木県に伝わる家庭料理「しもつかれ」だ。作るのは通例、正月が過ぎて節分も終わった2月初旬。ごちそうの残り物を使い切る、庶民の知恵が詰まっている。
年が明けて、栃木県のスーパーなどの店頭には木と竹でできた大きなおろし器が並び始めた。「鬼おろし」と呼ばれ、しもつかれ作りに欠かせない。一般家庭の台所に料理が根付いていることがうかがえる。
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「2月最初の午(うま)の日(初午=今年は12日)に、穀物の豊作を願って神さまにお供えしたのが起源」。食生活学が専門の大森玲子・宇都宮大教授によれば、鎌倉時代から県内で作るようになり、江戸時代の半ばから末期にかけて多くの家庭に広がった。
主な材料は正月に食べて残ったサケの頭、節分でまいた大豆、酒を搾った後の酒かす、前年に収穫した大根とニンジン。「1年で最も食物が少ない時期だから、残り物を上手に使い切ろうとした」と大森教授。名前の由来は栃木県の旧国名である「下野(しもつけ)」、味がよく染みていることを意味する「しみつかれ」など諸説ある。
しもつかれだけを冷えたまま、もしくは温かい白飯や赤飯に添えて食べるのが一般的。大森教授によると栄養のバランスは抜群。近所で互いにお裾分けする習慣があり、7軒の家のしもつかれを食べると病気にならないといわれる。
家庭によって材料や作り方はまちまち。道の駅日光・日光街道ニコニコ本陣(日光市)で2月11日開かれる「全日本しもつかれコンテスト」は、腕自慢の味を食べ比べる貴重な機会だ。
主婦からプロの料理人まで約30人が自作を持ち寄り、一般の来場者がそれぞれおいしいと思った作品に投票する仕組み。最も多くの票を集めた人が鉄人となる。昨年の第16回では、宇都宮市内で鮮魚・総菜店「大森商店」を営む大森正雄さん(68)が選ばれた。
「魚の生臭さが苦手な子どもにも、おいしく食べてもらいたい」。大森さんが工夫しているのは、サケの頭の下ごしらえだ。まず臭みをとるため、軽く焼いて湯引きする。圧力鍋で骨まで柔らかく煮たうえで、包丁の刃でたたいて刻む。
鼻の軟骨、目玉の周りのゼラチン、うっすらと焦げ目のついた皮などが絶妙のバランスでうまみを作り出す。「以前にミキサーにかけたことがあるが、ドロドロになってしまった。手間をかけるほどおいしくなる」と大森さんは話す。
大根とニンジンは鬼おろしで粗くすりおろす。大森さんの鬼おろしは特注品で、刃の大きさが約1.5センチと約1センチの2種類ある。それぞれ大根用とニンジン用で使い分けているのは、煮込んだ後に両方の食感をほどよく残すためだ。
これらと煎り豆、油揚げを鍋のなかに順々に敷き詰め、煮込んだ後に酒かすを加える。調味料はしょうゆ、塩、サラダ油、みりんのみ。「シンプルだからこそ難しい」と大森さん。自店で5月まで販売している。
2010年の第10回大会で鉄人となった川上きみ子さん(77)は夫とともに農業を営む。自ら有機栽培した大根とニンジンを材料に使うのがポイントだ。「一般に流通している青首大根は水っぽくて駄目。しもつかれには身の締まった三浦大根が欠かせない」
06年の第6代鉄人、小室悦子さん(63)は本職が一般の会社員。子どものころはやや苦手だったが、料理好きが高じて結婚後に工夫を重ねた。鉄人に選ばれたのをきっかけに調理師免許をとり、専用の調理場まで作った。こってりしていてご飯のおかずに良い。2人の鉄人のしもつかれは茂木町の「道の駅もてぎ」で4月ごろまで扱っている。
高級旅館も夕食に取り入れるようになった。那須塩原市の「彩つむぎ」は2、3月に前菜として提供する。女将の君島理恵さん(54)は「器や盛りつけに気を配れば懐石料理の一品になる」と意気込む。
洋食化が進むなかで、しもつかれに代表される郷土料理を「知らない」または「食べない」という人は年々増えている。栃木県が2015年に実施した県民アンケートでは60歳未満で2割を超えた。
次の世代に引き継ぐ役割を果たしているのが小中学校の給食だ。宇都宮市、日光市、小山市などは年に1回、しもつかれを出す。子どもの舌に合わせて、サケの頭のかわりに切り身を使ったり、酒かすの量を減らしたりと苦心している。伝統の味も時代とともに変わっていくのかもしれない。
(宇都宮支局長 高橋圭介)
[日本経済新聞夕刊2017年1月17日付]
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