愛は戦渦を駆け抜けて リンジー・アダリオ著
女性カメラマンの戦場と半生
本書は「ニューヨーク・タイムズ」の特約カメラマンとして、対テロ戦争下のアフガニスタンやイラク、内戦下のリビアなど戦地取材を続け、ピュリツァー賞も受賞している女性報道カメラマンが、自身の20年のキャリアを振り返って綴(つづ)った手記である。
収録された著者撮影の写真には、この地上で過酷な生を背負う者たちの深い苦悩が写し込まれている。世界の現実を一瞬の絵に凝縮させる、カメラマンとしての著者の手腕を感じさせる写真だ。
著者は依頼があれば、どこへでも赴く。イラクでは武装勢力に拉致され、パキスタンでは交通事故で重傷を負い、リビアでも政府軍に拉致されて殺されそうになる。命を落とした仲間も一人ではない。時には心が折れそうになりながら、それでもこの仕事を辞めない。不正を伝えるためだ。
にしては、ハリウッド映画さながらのベタなタイトルに首を捻(ひね)る向きもあろう。だが、このタイトルで正解だ。なぜなら本書は、フォト・ジャーナリストのレンズの先にある現実を伝えることを目的にした硬派なものではないからだ。副題にあるように、戦場カメラマンであることを天職にしてしまった女性が、恋人との関係に悩みながらも仕事を続け、いかにして理想的な伴侶を得、母となったか、その個人的な、まさしく「愛」の物語が本書のメインストーリーである。だから、取材先の話と同じくらい、オフのときの私生活にも紙幅が割かれる一方、戦地の現実は刈り込まれ、触れるときも、ジャーナリストではなく、著者の女としてのまなざしと感性を通して描写される。
たとえば2011年、著者は捕虜交換の取材にガザを訪れるが、この地を世界最大の野外監獄にしているイスラエルによる封鎖の実態について著者は一言も語らない。だが、ガザ出域の際、エレズ検問所で、妊娠中のからだを3度も放射線でスキャンされ、米国人で、ニューヨーク・タイムズのジャーナリストという特権的立場にある自分でさえこのような目に遭うとしたら、パレスチナ人の女性たちは日常、どのような目に遭っているのだろうか、と思いを馳(は)せるといった具合だ。
戦場カメラマンならずとも、男性に伍(ご)して仕事をし、男性社会で成功を収めるためには、恋や結婚や母になる夢を手放さなければならないと考える女性たちにとって、著者のサクセスは大きな希望だ。何事も諦めてはいけないのだ。
(京都大学教授 岡 真理)
[日本経済新聞朝刊2017年1月15日付]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。