伊達藩由来の餅文化 岩手・一関、もてなし300通り
お雑煮やお汁粉など餅は正月の定番料理だ。俳句では冬の季語でもあり、一般的には寒い時期に食べる印象が強い。だが岩手県一関市は別。季節を問わず餅を日常的に食べる習慣があり、食べ方も多種多様だ。「もち本膳」と呼ばれる正式なもてなし料理もあるほどに独自の餅文化が根付いている。
「本日は至っての堅餅(かたもち)でありますが、ところの仕来(しきた)りに従って差し上げます」。冠婚葬祭などのあらたまった席で来客に供される「もち本膳」。「おとりもち」と呼ばれる仕切り役の口上で宴席は始まる。
世嬉の一酒造(岩手県一関市)会長の佐藤晄僖さん(75)は「『堅餅』といっても、つきたてを出すので本当は決して固くない。いわばもてなす側の謙遜。口上を覚えて『おとりもち』が務められないと、かつては一人前の大人とは認められなかった」と説明する。
冠婚葬祭に招かれなくても、同社運営のレストラン「せきのいち」で、もち本膳が楽しめる。漆塗りの高膳に椀(わん)が3つと皿が2つ。手前の椀は左にあんこ餅、右がお雑煮。奥は左に料理餅の椀があり、右は大根下ろしを盛った皿。真ん中の皿にたくあんが二切れ。料理餅は季節や地域によって変わるが、この5点セットが伝統的な、もち本膳の構成。ちなみにこの日の料理餅はクルミ餅だ。
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一関市と餅の深い関係は400~450年前に始まる。もともと米作が盛んだったことに加え、当時この地を治めていた伊達藩が毎月1日と15日に神様に餅を供えるように藩下に命じた。以来、正月に限らず春夏秋冬ことあるごとに餅をつき、食べるようになった。もち本膳は、元は武家のもてなし膳。小笠原流に基づいた食べ方の作法がある。
「最初に大根下ろしを一口。これは喉を潤し、餅が喉に引っかからないようにするため。次はあんこ餅。食べ終えたら、料理餅、お雑煮の順に食べ進める。大根下ろしとたくわん一切れはいつ食べても構わない。ただし、たくわん一切れは最後まで残しておく。器に残るあんこなどをたくわんですくい取り、椀をきれいにして膳を食べ終える」
佐藤さんのガイドに従い、作法通りにいただく。水分たっぷりの大根下ろしは甘酢で味付けされており、甘い餅を食べた後の口直しにちょうどいい。しかも大根に含まれるジアスターゼが消化を助けてくれる。なるほど、さすがに長い歴史を持つ伝統料理。生活の知恵も詰まっている。
一関では食べ方も多彩だ。納豆やゴマ、山菜、クルミ、キノコ、枝豆、沼エビ、ドジョウ、ホヤ、イカ……四季折々の旬の食材を取り入れて約300通りの食べ方が伝わる。
JR一ノ関駅前の飲食店「三彩館ふじせい」は、その中からベスト9を厳選、「ひと口もち膳」として提供している。「一般的な餅は1個約50グラム。うちは1個10~15グラム。地元自慢の食べ方をできるだけ多く試してほしくて、このサイズになった」と店主の伊藤信行さん(65)。定番のお雑煮やあんこのほか、注目は「しょうがもち」と「じゅうねもち」。かつて来店客の人気ランキングで男女それぞれの1位に輝いた。
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しょうがもちは、しょうゆや砂糖、酒で濃いめに味付けしたシイタケを千切りにし、根ショウガのおろし汁を加えた餡(あん)をかけたもの。ほかの餅は甘い味が多いなか、ピリ辛が利いた大人の味だ。「じゅうね」は東北の方言で、エゴマのこと。サッとエゴマを煎り、すり下ろす。しょうゆと砂糖で味を調えて餅にまぶせば完成。ほのかな甘みとわずかに残ったざらりとした舌触りが心地よい。
餅料理は市民の生活に根を下ろし、冠婚葬祭にも欠かせない。結婚式場を備える「ベリーノホテル一関」によると、結婚式準備のチェック項目にケーキ入刀やキャンドルサービスなどと並んで「餅」欄があるという。「披露宴の中盤で臼を持ち込んでその場で餅をつき、最後にあんこ餅を振る舞うのが定番」(担当者)
各店舗もそうだが、つきたてをできるだけ早く出すのが一関流。たかが餅料理と言うなかれ。柔らかくおいしいうちに食べさせたい――そんなおもてなし精神が一関の餅文化の神髄だ。
餅は古来、ハレの日に神様へ供える神聖な食べ物とされてきた。酒とともに神事には欠かせない供え物だ。正月の鏡餅はその代表例。起源は平安時代に遡るという。1年の無病息災を祈願して宮中で始まった正月行事といわれている。
一般的には1月11日が「鏡開き」。年末につき、神様に供えていた餅を手や小づちで割って食べる。包丁を使うのは本来厳禁。鏡餅は武家で盛んな風習であったため、切る行為は切腹を連想するとして忌み嫌われた。
(編集委員 石塚由紀夫)
[日本経済新聞夕刊2017年1月10日付]
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