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「正しい政策」がないならどうすべきか ジョナサン・ウルフ著 現代の課題を考える手引きに

2017/1/8付 日本経済新聞 朝刊

 この本のオリジナルなタイトルは、直訳すれば、「倫理学と公共政策」なので、それを『「正しい政策」がないならどうすべきか』というタイトルにしたことに、訳者のセンスがある。

(大澤津・原田健二朗訳、勁草書房・3200円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 ウルフがここで取り上げている問題は実に多岐にわたっている。その一つだけでも一冊の本が必要だ。順番に言えば、動物実験はどこまでゆるされるか、ギャンブルは社会でどのようにあつかわれるのか。ドラッグも同じ。安全を理由にして、政府はどこまで社会生活に介入できるのかetc。

 ちょうど、「カジノ法」が国会で承認され、新聞やテレビで議論されているので、ウルフのこの本はかなり的確な思考の手引きになってくれる。ウルフは基本では、ギャンブルを規制することには慎重である。ドラッグにかんしても、大麻が危険であるというなら、アルコールの方がはるかに危険であると言う。危険の程度を考えることなく、大麻がだめというなら、そこには、冷静な思考以前の感情の問題がある。

 カジノについてもそう。リゾートカジノを認めないとすると、その理由にギャンブル依存症が持ち出されるので、それは合理的ではないと、言う。むしろ依存症であれば、公認されているギャンブルにも依存症がある。日本ならパチンコが最も依存性が高い。

 ギャンブルに入るきっかけはパチンコであることが多いのだから、カジノに反対する理由があいまいになる。ウルフはいつもデータを用意していて、カジノ依存症は実は少ないとも書いている。

 哲学ということで言えば、ウルフが常に参照しているのは、19世紀イギリスの哲学者J・Sミルの「他者被害の原則」だ。他者の身体や権利を侵害しないかぎり、政府は個人の行為に介入できない、という原則。つまり、カジノで賭ける人は他者の権利を侵害するのか。同性愛が犯罪とされていたとき、同性愛の非犯罪化を主張する功利主義者ベンサム達(たち)が立った立場がこの他者被害の原則である。人間の自由を考えると、この「他者被害の原則」は大事である。

 この間の、カジノ法に反対する新聞やテレビがどこまでこの自由の問題を考え抜いていたかは、ウルフの思考の道筋をたどりながら、振り返ってみると、かなり疑問がある。多くの政策と人間の自由について考え抜いてみるために、このウルフの本は適切な道具になってくれるだろう。

(明治大学教授 土屋 恵一郎)

[日本経済新聞朝刊2017年1月8日付]

「正しい政策」がないならどうすべきか: 政策のための哲学

著者 : ジョナサン ウルフ
出版 : 勁草書房
価格 : 3,456円 (税込み)

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