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スリッパ、実は日本で誕生 外国人向けに「土足厳禁」 草履の感覚、庶民にも定着

NIKKEIプラス1

2016/12/24付 NIKKEIプラス1

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家の中で履くスリッパ、学校で履き替える上履きは日本で生まれた。生い立ちをたどると、生活様式が西洋化するなかで日本人が手放さなかったものが見えてきた。

山形空港から車で最上川を渡り約15分。スリッパの日本一の産地、河北町を訪ねた。阿部産業(阿部弘俊社長)の看板商品は、地元に伝わる絹100パーセントの米沢織を使った「KINU HAKI」だ。1足1万8千円から。足を入れると、つかず離れずのフィット感とつるりとした履き心地が気持ちよい。モダンな和のデザインは海外展開を意識した。2015年にはシンガポールの展示会に出品した。

安い輸入品の流入で、1990年代以降多くの同業者が廃業に追い込まれた。同社は41年のキャリアを持つ工場長を筆頭に高度な技術を持つ人材を生かして「最高級のスリッパと日本の生活文化を世界に発信していきたい」(阿部社長)と意気込む。

部屋履きのスリッパは外国製品と思いがちだが「日本生まれの履物です」。日本はきもの博物館(現・松永はきもの資料館)の元学芸員の武知邦博さんはそう話す。生い立ちは明治初期にさかのぼる。

■靴脱ぐ習慣なく 宿泊先でトラブル

19世紀に開国した日本に、西洋の先進技術を伝えるため多くの「お雇い外国人」がやって来た。当時は西洋式の宿舎が十分でなく、はたごや寺社が宿泊先になった。だが西洋人は人前で靴を脱ぐ習慣がなく、畳の間に土足で入ろうとしてトラブルになった。

困った横浜の居留地外国人が、東京で仕立屋を営む徳野利三郎氏に、靴の上から履くオーバーシューズを作るよう依頼。世界中で見たこともないその履物を、手持ちの材料と想像で徳野氏が作ったのが1868年の話だ。福沢諭吉は著書「西洋衣食住」(67年)で、西洋人が家の中で上草履のように使うひも靴に近い履物を「上沓」「スリップルス」と紹介している。

世界第1号のスリッパは現存しないが、徳野氏の孫、康彦氏の話を元に、武知さんが図に復元した。足の甲の部分の素材はビロードやラシャで、古い畳表を重ねて和紙で補強、外底に帆布を張ったという。形は今のスリッパとほとんど変わらない。

1900年前後からは都市の上流階級に広がる。「洋館のモダンな暮らしで、西洋的な履物として使い始めた」(武知さん)。ただし日本人は靴の上ではなく、素足で履いた。日本人独自のスリッパの使い方がここから始まった。

昭和に入り東京・浅草などで製造が広がったが、第2次世界大戦で工場が打撃を受ける。スリッパが再度広がったのは戦後の50年代だ。ダイニングキッチンを備えた団地や、来客をもてなす洋風の「応接室」の出現が背景だ。では「靴を室内でも履くという西洋文化が日本の家の玄関という関所を越えられなかった」(武知さん)のはなぜか。

日本の近代住宅史が専門の内田青蔵・神奈川大学教授は「日本人は古代から住まいの床を地べたと区別してきた」とし、土足で家に上がることへの抵抗感が強いと語る。脱ぎ履きしやすい草履やげたと同じく「スリッパは靴ほど足に密着しないため、日本の暮らしにマッチした」と話す。

日本のスリッパが世界に羽ばたいたきっかけの1つが、航空会社の機内サービスだ。日本航空は70年代にファーストクラスの乗客らに機内用スリッパの提供を始めた。全日空は80年代半ばからだ。世界の機内履きの主流は長らくソックスだったが、現在は欧米、アジアや中東など各地の航空会社に広がる。

■学校の上履き 介護用に進化

一方、日本独自の上履きといえば学校で履くバレーシューズがある。メーカーのムーンスター(福岡県久留米市)本社と、隣にあるつきほし歴史館を訪ねた。27年(昭和2年)に「児童用前ゴム靴の製造開始」の記録が残る。甲の部分にゴムをはめこんだ「上履きの前身と見られる」(商品開発課の柴田篤史さん)。

バレエのトウシューズをヒントにしたひも付き靴「バレーシューズ」が評判となったのは56年のこと。当時の資料に「女子学生に人気、上履きに最適」との説明文が残る。ひもはゴムへと簡素化され、つま先とソールの外周に赤や青など色をつけた現在の学校用上履き「スクールカラー」に進化したのは64年だ。

このバレーシューズはさらに思わぬ進化を遂げている。病院の入院患者や介護施設の利用者がひそかに履くようになったためだ。2013年に発売した「大人の上履き」は子供っぽさを排除し、合皮製のラインも用意する。

洋式化した生活のなかで、独自に生まれたスリッパ、上履きはもはや日本人の体の一部なのかもしれない。

記者のつぶやき

■無意識に求めた 慣れた履き心地
私の母校は大理石の床を傷から守るため、通称「ナースシューズ」を上履きにしていた。バックストラップ付きでつま先があいた白いサンダルは、足が蒸れにくく快適。大学卒業まで愛用した。今も、取材から戻ると社内用のオープントウのパンプスに必ず履き替える。慣れ親しんだ履き心地を、私も無意識に求めていたのか。足元の感覚はやはり保守的だ。
(南優子)

[NIKKEIプラス1 2016年12月24日付]

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