化粧文化、いにしえの素顔 美の移ろい研究・展示
ポーラ文化研究所シニア研究員、村田孝子
問題。日本人がおしゃれのためにメークや美白を始めたのはいつごろでしょう。次の問題。現代女性が最も好んで使っている口紅の色は何色?
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3世紀の埴輪から顔料
太古の昔から人は「美」を求めて様々な化粧法や化粧品、装身具や髪形を探求してきた。ポーラ文化研究所は美や粧(よそお)いに関する歴史や文化、トレンドを調査研究する機関として設立。40周年を迎えた。最も古株の私が歴史と思い出を語りたい。
研究所はポーラ化粧品本舗(現ポーラ)のオーナーであった鈴木常司社長(当時)が、利益を社会に還元する目的で設立。「美と文化」「女性と文化」「化粧と文化」の3本柱の探求を掲げた。
私が入所したのは設立3年目の1979年。別の化粧品会社に勤めながら、江戸の化粧文化や髪形研究をしていたことで誘いがかかった。まず始めたのは、文献の収集と「化粧史年表」の作成だ。
数少ない研究者の指導を仰ぎ、手探りで資料を探した。平安時代の絵巻や江戸の戯作、浮世絵などを調べ、化粧に関わる記述や描写を丹念に拾い集めた。古い化粧道具や装身具も集め、少しずつ歴史年表を完成させていった。
ちなみに冒頭の問題は6世紀後半の飛鳥時代が正解。遣隋使によって大陸との交流が始まり、紅や白粉などが輸入され、日本でも鉛を使った白粉が作られた。これを献上された女帝・持統天皇が大変喜んだと「日本書紀」にある。ただ、3世紀後半の古墳から、赤い顔料で顔や身体に化粧を施した埴輪(はにわ)が出土している。呪術的な意味合いのものだが、化粧文化の歴史は相当に古いのだ。
研究内容は「化粧文化」誌に論文発表したほか、収集品も含め「化粧文化展」を開いて2年に1度展示した。第1回展は、「江戸の化粧展」。紅花から紅を作る工程を描いた「紅花屏風」を展示。2回目は「結うこころ展」と称し日本髪の歴史や変遷を展示した。
86年の「ハイカラモダン化粧史展」は、歌手の淡谷のり子さんや女優の浦辺粂子さんら明治生まれの有名女性に取材し、大正以降の近代化粧の実態を調査した。お礼に自社の化粧品を渡そうとしたところ、淡谷さんから「わたしね、海外のお化粧品しか使わないの」と断られたのを思い出す。
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江戸期の「お歯黒」実演
来場者に少しでも興味を持ってもらうため、古い化粧法などの実演もした。英泉や国貞などの浮世絵などに描かれる笹(ささ)色紅、布海苔(ふのり)のシャンプーなどいろいろ試した中で、思い出深いのが「お歯黒水」だ。既婚女性が歯を黒く染める風習はよく知られているが、実際にどんなものかはよく知らなかった。
参照したのは江戸中期の「和漢三才図会」。酒、酢、米ぬか、水を混ぜた液体に、古くぎなどを入れ、半年ほど寝かす。するとさび色をしたドロドロの「お歯黒水」になる。これにウルシ科のヌルデという植物にできる五倍子(フシ)と呼ばれるこぶを入れると、真っ黒な液の出来上がり。
えも言われぬ臭いを発するこの液をモデルに付けてもらう実演は、テレビ局も取材にくるなど大いに話題を集めた。本来は毎日着けて黒く定着させるが、このときはすぐに洗い流した。黒い歯は「ほかの人の色に染まらない」という貞女の証しだが、この風習が長く続いたのは、タンニンの効果で歯槽のう漏の予防にもなったからだろう。
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トレンド調べ「白書」に
歴史研究とは別に「化粧文化白書」「化粧と生活の調査レポート」と称してトレンド調査も長く続けてきた。使っている口紅の色を10代後半から70代前半の女性1100人余りにたずねた今秋の最新調査では、「明るいローズ系」と「明るいピンク系」が32%で同率1位。以下、明るいオレンジ、暗いピンクと続く。
調査や研究成果はホームページや書籍・DVDで発表し、大学や研究機関にも無償で提供。収集した書籍類15000冊も一般の人に開放している。長年蓄積したことが少しでも社会のお役に立てたらうれしい。
(むらた・たかこ=ポーラ文化研究所シニア研究員)
[日本経済新聞朝刊2016年12月21日付]
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