マイルスとチェット 歴史に残るトランペッター映画化
マイルス・デイヴィスとチェット・ベイカー。ジャズ史に残るトランペッターを描く映画が相次ぎ公開される。共に苦悩に満ちた時期に焦点をあて、音楽への情熱を浮き彫りにする。
「俺を語るなら個性を出せ。ちんけな言葉を使うな」
「ジャズと言うな。勝手なレッテルでくくるな。ソーシャルミュージックだ」
「自分が何かを創造している時は限界なんてない」
記者をたじたじにさせるマイルスの毒舌がはじける。ドン・チードル監督・主演「MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス空白の5年間」(23日公開)は音楽活動を休止した1970年代後半の物語だ。
日々苦悩に満ち
乱雑な豪邸にひきこもり、股関節の不調を抱え、薬物に依存し、別れた妻フランシス・テイラーの幻影を見る。気が短いマイルスは、特ダネを狙って訪ねてきた記者を殴り倒す。50年代の名盤「カインド・オブ・ブルー」をかけようとするラジオ局に電話して曲を変えさせる。レコード会社で尊大なビジネスマンに拳銃をぶっぱなす。盗まれたデモテープを取り戻そうとカーチェイスを繰り広げる。
「ガンアクションとカーチェイスは虚構だけど、残りの80%は事実だよ」と語るのは製作のヴィンス・ウィルバーンJr。マイルスのおいだ。当時20歳前後だったヴィンスはマイルス邸をよく訪ねた。再起後はドラマーとして共演した。
映画の通り、マイルスは絵筆をとってカンバスに向かった。ショパンやラヴェルを研究した。ボクシングに熱狂した。おしゃれで日に何度も着替えた。「音源も大切にしていた。音楽を第一に考え、演奏できないと死んでしまうと感じる人だった。ハービー・ハンコックやウェイン・ショーターはよく来て、一緒にプレイしていた」とヴィンス。
「過去を振り返らず、常に前を向いていた。常に先を行く。同じことをやると飽きてしまう。ついていくのは大変だ。ツアーでも毎日演奏法を変える。毎日録音して、翌日はこう変えようと指示するんだ」。苦悩に満ちた日々のドラマが浮き彫りにするのは、そんなピュアな音楽への情熱だ。
愛のはかなさ
ロバート・バドロー監督、イーサン・ホーク主演「ブルーに生まれついて」(公開中)は50年代に西海岸ジャズのスターだったチェット・ベイカーの60~70年代のどん底からの再起を、虚実を織り交ぜて描く。
イタリアで麻薬所持のため投獄され、米国で売人に殴られて前歯をすべて失ったチェット。再起不能と思われたが、映画で共演した女優の愛に支えられ、薬物を断ち、場末のピザ店で演奏を始める。懸命なチェットに巨匠ディジー・ガレスピーが手を差し伸べ……。
54年のニューヨーク公演の回想場面ではマイルスも登場。その冷淡な評価がチェットを苦しめる。バドローは公式インタビューで「私には彼が人種問題の変革が行われているアメリカで、黒人のスターに認めてもらいたいと思っている白人だと思えた」と語る。
ジャズ評論家の青木和富氏は「ドン・チードルのピストンのなめらかさ、イーサン・ホークの歌のうまさに驚いた」と評する。マイルスとチェットの描き方については「ジャズファンから見ると細部に違和感がある。それは作り手の固有の思いが反映しているからだろう。ミュージシャンの人生は服装や身ぶりなど細部に表れるものだ」と語る。
両作とも苦悩する音楽家を支える女性が登場する。愛の物語でもあるが、その愛は実らない。浮かび上がるのは音楽への情熱、そして愛のはかなさだ。
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2016年12月20日付]
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