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「ダサイタマ」は死語? 呼び名と県民反応の歴史 県議会で論争、逆手にPR…

2016/12/20付 日本経済新聞 朝刊

外国人掲示板でもダサイタマが話題になったことがある

「ダサイタマ」。埼玉県は長らくこの“異名”に振り回されてきた。かつて県議会で取り上げられ論争になったこともあるらしい。この言葉、いつ生まれて県民はどう向き合ってきたのだろう。

誰が言い始めたか。定かではないが1980年代前半にタレントのタモリさんが言及したことが全国的に広がるきっかけになった、との説が有力だ。東京・原宿の路上で踊る「竹の子族」には埼玉県民が多い、という調査に着目したようだ。

県議会での論争は地元紙も大きく取り上げた

埼玉県民の反応は。こともあろうに大まじめに県議会で取り上げたのだ。議事録データベースで確認できる限り最初にダサイタマの文言が登場するのは1984年3月12日のことだ。

「ダサイタマなどイメージダウンを招く言動に対して、対策を講じているのか」。質問に立った県議は畑和知事(当時)に迫った。畑知事は、県のイメージ向上に向けた研究会を庁内に設置したことをアピール。「機会あるごとに埼玉の良さを認識してもらうよう努める」と切り返した。

ダサイタマからの脱却を鮮明にしたのは続く土屋義彦前知事。新たに「彩の国」の愛称を決定し、さいたま新都心の整備などイメージ転換を図った。自著では「ダサイタマといわれることを不愉快に思っていた」と吐露している。当時を知る県職員は「本気で怒っていた」と振り返る。

「もはやダサイタマという声を耳にすることはない」。2002年、土屋知事は県議会で強調した。いわば「脱ダサイタマ宣言」だ。現職の上田清司知事も07年に「ダサイタマと言われることはなくなった」と答弁している。

本当にイメージは払拭できたのか。過激な表現で埼玉をちゃかす魔夜峰央さんの復刊漫画「翔(と)んで埼玉」(宝島社)が16年に発行部数が50万部を超えるヒットとなるなど、いまだに冷やかされる対象なのは間違いない。

これに対し、ダサイタマを逆手にとって埼玉をPRする「そうだ埼玉プロジェクト」に取り組む鷺谷政明さんは、「生まれた時にはダサイタマが浸透していた『ダサイタマネーティブ』世代が増え、県民の抵抗力は強くなった」と解説する。そして、こう付け加える。「からかわれても笑っていられるのは、埼玉は住みやすくて良いところだと、他ならぬ県民が一番知っているからだ」。

■外国人向け掲示板でも話題に
近年、外国人向けのネット掲示板でもダサイタマが話題になったことがある。「どうして埼玉はこんなにも批判されるのか」「ダサイタマと言いたいの?」「埼玉には何もないからじゃないか」といった議論が繰り広げられた。
記者(32)は名古屋市出身。「名古屋人は名古屋弁で『エビフリャー』とか『みゃーみゃー』言っている」という、タモリさんによって広められたとされるイメージに悩まされてきただけに、埼玉県民の気持ちも少しだけわかる。

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