八王子ラーメン 刻みに刻んだタマネギの食感&うまみ
「八王子ラーメン」の名前を聞いたことがあるだろうか。文字通り、東京都八王子市を発祥の地とするご当地グルメだ。表面をラードが覆ったしょうゆ味のスープ、そしてスープに浮かぶ刻みタマネギが何よりの特徴。タマネギの持つ辛みを抑え、シャキシャキとした食感を楽しめるほか、スープをまろやかな味に引き立たせる。近年、大手食品メーカーが同名のカップ麺を出すなど知名度は上昇している。
「刻みタマネギを入れるだけのように見えるが、あのタマネギのうまみは家では出せない」。月に一度は必ず家族と八王子ラーメンの店を訪れるという市内在住の主婦(34)は話す。
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比較的割安な値段もあり地元では人気のラーメンだが、市内を歩いても「八王子ラーメン」と掲げたラーメン店はなかなか見当たらない。なぜなのか。八王子市役所に勤める立川寛之さん(46)ら市民有志により2003年に発足した八王子ラーメンの愛好組織「八麺会」が名付けるまで、その名前はそもそも存在しなかったからだ。
新宿からJRの特別快速の電車で30分あまり、東京・多摩地域の拠点都市である八王子市。かつては織物業の町として栄えたが、近年は郊外のベッドタウンとしてこれといった特徴のないまちになってしまった。
そうした八王子のまちを活性化させるための食のブランドづくりとして立川さんらが目を付けたのが、昔から地元にあった刻みタマネギを具に入れたしょうゆ味のラーメンだった。
話は昭和30年代にさかのぼる。八王子ラーメンの元祖といわれる「初富士」の先代店主が北海道旅行に出かけた際、タマネギ入りのラーメンに出合ったのがそもそもの始まりとされる。ただ、タマネギの辛みは抑えられておらず、先代店主は辛みをラードで中和する工夫をした。それが評判になり、市内のラーメン店に広がっていったという。
「しょうゆベースのタレ、表面を覆う油、それに刻みタマネギの具。これら特徴を兼ね備えたものを八王子ラーメンと我々八麺会は呼んでいる」と立川さん。この「3大特徴」を持つラーメン店は現在、市内に30軒以上あるという。
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まず「元祖」初富士のラーメンを食べに出かけた。スープは見た目は濃いめだが、口に含むとさっぱりとした味。シャキシャキ感のある刻みタマネギもスープによく染み込んでいる。
メンマを一つ一つ手で丁寧にさくのも売り物らしい。そうすることで「メンマが柔らかな食感を出し、スープに染み込みやすくなる」と、2代目店主の大川政広さん(68)は話す。
平日でも常に店の前に客の行列ができる人気店の一つが、開業して今年で20年目の「吾衛門」だ。
店主の石川征之さん(46)は八王子ラーメンについて「通常のラーメンで使う長ネギは薬味的な扱いだが、タマネギはいわばトッピング。長ネギよりもうまみが感じられる」とタマネギの存在感を強調する。
吾衛門のラーメンは刻みタマネギを丼一面を覆うほどふんだんに入れるが、刻み方にも知恵を絞る。粗い刻みと、フードプロセッサーで微小に刻んだタマネギを混ぜる。その割合はおよそ7対3。粗い刻みは食感を出すため。細かく刻んだタマネギは「麺とスープの一体感を高めるのに貢献している」(石川さん)。
石川さんはいかにスープに麺を絡ませるかに心を砕く。そのためにラードのほか、カツオブシなど魚介をだしに多く使うが、微小の刻みタマネギも重要なカギを握っているというのだ。
つけ麺を出す八王子ラーメンの店もある。「一陽来福」は人気の高い店だが、「アメミ屋」も刻みタマネギのつけ麺作りにこだわる。麺は麦の殻を練り込んだ太麺。「スープには魚介のだしでさっぱりとした味を出すようにしているが、タマネギも味をうまく引き立たせてくれる」と店主の井上大輔さん(38)。
タマネギ入りのこの異色ラーメン。市外から食べに訪れる客も増えている。立川市の商業集積の高まりなどで八王子のまちの存在感が薄れているだけに、その救世主としても地元では期待されている。
八王子市は都内でも有数の「ラーメン激戦区」。八麺会事務局長の立川さんがNTTの「iタウンページ」(12月6日現在)に掲載されたラーメン店の件数を市区別に調べたところ、八王子市は125店舗で、1位の新宿区(205店舗)などに次ぎ5位。多摩地域ではトップだった。刻みタマネギなどを特徴とする「八王子ラーメン」は50年以上の間、独自の存在感を示してきた。
提供店も増加。八王子市役所の食堂などに続き、市内にキャンパスがある中央大学も今年に入り学食のメニューに加えた。
(多摩支局長 市川嘉一)
[日本経済新聞夕刊2016年12月20日付]
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