聖夜に本物が行きますぞ 病院や施設の子どもに贈り物
音楽家、パラダイス山元
Ho Ho Ho~! メリー、クリスマス!
今年も一年で最も忙しい季節になった。というのも、日本で唯一の「公認サンタクロース」として活動しているから。北へ、南へ、家族と過ごすことができない子どもたちにプレゼントを届けている。
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体重120キロ以上条件
はじまりは1998年夏。知人に紹介したい人がいると呼び出された。現れた女性は会うなり「イメージにぴったり。お引き受けいただきありがとうございます!」と満面の笑み。話すうち事情がわかってきた。彼女はスカンジナビア政府観光局の職員で、「グリーンランド国際サンタクロース協会」の公認サンタ候補を探しているという。断れない雰囲気で、そのまま決まってしまった。
協会の本部はデンマークの首都コペンハーゲンにある。長老サンタ一人では世界中にプレゼントを配りきれなくなったということで、認定制度を設けたのが57年。公認サンタは現在、北欧・北米を中心に120人あまりいて、毎夏、世界サンタクロース会議に全員が集まる。
98年の挑戦者は僕を含め9人。体重120キロ以上、結婚して子どもがいるのが条件だ。水をがぶ飲みして、体重はギリギリセーフ。続く体力測定は、50メートルを全力疾走したあと、煙突を登り、暖炉からはい出て、ジンジャークッキーを早食いし、再び煙突から帰る。制限時間は2分。上位2人が面接に進む。
長老サンタに英語かデンマーク語で自己紹介し、最後はみんなの前でサンタ語で古文書を読む。合格したのは僕ひとり。35歳、史上最年少だった。その後、アジアから合格者は出ていない。
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北へ南へ自腹で回る
サンタの仕事は、児童福祉施設や病院にいる子どもたちに、プレゼントを届けること。数年たつとすっかり有名になり、全国から依頼が殺到するようになった。9月から50カ所くらい回るが、全て自腹で、東京から北海道や沖縄への日帰りもざら。目の回るような忙しさだ。
「サンタさんに聞きたいことは?」。施設に着いたら、子どもたちに語りかける。「今までで一番高いプレゼントは?」との質問には、「ある国の王様の友達の息子に、ゾウをお願いされてね、あのときは困ったな~」。笑顔になってもらうには、ユーモアが必要だ。
うれしかったことはたくさんある。「○○ちゃんがこんなに笑ったのは初めてよ」と施設の担当者に言われたこと。一緒に撮った写真を、2年後に訪問した時もベッドのそばに大切に貼ってくれていた子がいたこと。
でも、同じくらい戸惑うこともあった。忘れられないのは、ある県の児童福祉施設に足を運んだとき。何人かの子どもから、くしゃくしゃに丸めた小さな紙を渡された。あとで開いたら「助けて」の文字。びっくりして、不安になった。何かがおかしいと、県庁に訴えた。その後、施設に調査が入ったと聞く。
きっと子どもたちは、誰にも助けを求められなかったんだろう。サンタにしかできないことがある、と思うようになった。
もうひとつ、重要な役割がある。クリスマスの文化を伝えることだ。
クリスマスは、イエス・キリストの降誕を祝う日。サンタは約1500年前、布教活動をしていたセント・ニコラス司教がモデルといわれる。各地の伝統や文化と混ざりあって進化したため、サンタはキリスト教徒のためだけのものではない、というのが協会の見解。
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家族の絆深める日に
じつは10年ほど前、サンタ会議で日本のクリスマスが問題になった。例えば単に「プレゼントをもらう日」だと考えられていること。本来であれば、サンタに手紙を書き、お母さんと一緒にクッキーを焼き、きちんと掃除し、良い子にしていなければ、もらえない。
「恋人と過ごす」というのも大きな間違い。クリスマスは、家族の絆を深める日だ。「ツリーのてっぺんの星のオーナメントはお父さんが飾る」「我が家のジンジャークッキーにはしょうがのスライスを入れる」など、家族ごとの決めごとや伝統があり、行事を通して家族の歴史を築き上げていくことに意義がある。
さて、イブまであと5日。日経新聞を読んでいるお父さん、お母さん、イブの夜は仕事をさっさと切り上げて、一目散に家に帰ってください。残業していいのは、サンタだけですから。
(ぱらだいす・やまもと=音楽家)
[日本経済新聞朝刊2016年12月19日付]
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