グローバル化とショック波及の経済学 小川光編
金融危機や災害などの影響分析
本書は、日本経済に大きな影響を与えた経済的なショックに対する個人、企業、政府の対応を実証的に分析した研究書である。
前半では長期時系列データを用いて、日本経済全体へのショックが地域経済の変動に与えた影響と、この変動を受けた地方自治体の財源調整のメカニズムを分析する。後半はリーマン・ショックや東日本大震災といった個別のショックへの対応がテーマだ。
具体的には感染症の事前予防施策の決定要因、リーマン・ショックに対応した金融円滑化施策の効果、大震災と中小企業のリスク対策、南海トラフ地震に対する住民の事前対応の程度を定量的に評価している。
共通因子モデルという最新の計量経済学の手法を用いて分析した結果、リーマン・ショックといった国際的な経済ショックの影響が、地場産業である地域の中小企業の生産にも大きく波及することが確認された。このような経済ショックや自然災害からの復元を早めるためには、事前のリスク対策が重要な役割を果たすことには異論がないであろう。
中小企業のリスク対策を分析した結果、「中小企業の経営者が十分な判断ができないままリスクマネジメントの実施を先送りしている可能性」を指摘している。リーマン・ショックに対応する中小企業への資金繰り支援として、金融円滑化施策が導入されたが、この施策は中小企業の倒産減少に一定の効果があったものの、都市部と地方部とを比較すると、地方都市における効果は大都市での効果を下回ることが認められている。
以上のように地方経済は様々なリスクに直面する可能性が高まっているにもかかわらず、地場の中小企業のリスク対策は十分ではなく、政府の支援策も満足に機能しているとは考えにくい。
この考察は英国の欧州連合(EU)離脱、トランプ米新大統領誕生による従来とは大きく異なることが予想される経済外交政策、今後発生が懸念される南海トラフ地震や首都直下型地震が引き起こす可能性のある経済ショックへの対応に関して、重要な政策インプリケーション(含意)を持つ。
著者たちに望むのは具体的な政策提言である。特に個人や企業の事前のリスク対策に関する方策の研究が待たれる。またショック波及のメカニズムの研究や、リスクや不確実性の上昇が現在の経済活動に与える影響に関しても分析を進めていく必要があると考えられる。
(学習院大学教授 乾 友彦)
[日本経済新聞朝刊2016年12月18日付]
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