昭和から海外まで 「ぬりえ美術館」で知る世相東京・町屋、塗り絵作家・蔦谷喜一の作品中心

ぬりえ美術館の入り口。扉の表裏にカラフルな服を着た女の子が描かれている
ぬりえ美術館の入り口。扉の表裏にカラフルな服を着た女の子が描かれている

東京メトロ千代田線町屋駅から徒歩15分、東京都荒川区の静かな住宅街の一角にかわいらしい建物がある。開け放たれた扉には、赤い靴を履いてブランコをこぐ女の子の絵が全面に。「ようこそ」という声が聞こえてきそうなほど強い印象を受ける。

ここは塗り絵専門の「ぬりえ美術館」。塗り絵作家、蔦谷喜一(1914~2005)の作品を中心に、海外の塗り絵も集まっている。扉を入ってすぐの受付には昭和20~30年代、小さい子どもたちの間で大流行した「きいちのぬりえ」グッズが並ぶ。当時はB6サイズほどの塗り絵が8枚入りで1袋5円ほど。駄菓子屋や文房具屋で月100万部、多いときは160万部も売れたという。

スケートをしながらポーズを取る女の子(C)きいち/小学館

入館券代わりの絵はがきを手に奥に進むと200点の塗り絵が迎えてくれた。喜一が描く女の子の瞳は大きく、まつげはくるんと上を向く。パーマスタイルの髪の毛を大きなリボンで飾り、ドレスや着物、花柄のワンピースなど様々な色で彩りたくなる服を着ている。なかでも気に入ったのは女の子のポーズ。首をかしげたり足を組んだりしながらにっこり笑う。指先まできちんとそろえてモデルのようにポーズを取る姿は何とも愛らしい。

今月の展示テーマは催事や稽古など。振り袖姿で羽子板を持つ子、ピアノを弾く子、バレエ衣装を着る子。まだ貧しかった時代にこんな格好や稽古事をできるのはごく限られた上流家庭の子どもだけだった。「きいちのぬりえ」に当時の子どもたちは憧れを抱きながら、思い思いの色を塗ったはずだ。

年代ごとに喜一の描く女の子が変遷していくのも面白い。たれ目が丸い目に、やがてアイラインを引いたような切れ長な目に変わる。足も細くなっていく。1960年代ごろには車を運転する女の子の作品も登場する。塗り絵を眺めていると、当時の人々の理想の服装や体形、生活スタイルが透けて見えてくる。

2002年の開館以来、約2万400人が美術館を訪れた。特に子どもの頃に夢中になった世代が多く来館している。家で見つけた「きいちのぬりえ」を寄贈してくれる人も多いという。毎月兄弟で1袋買って分け合った人、小さかった子どもをあやしながら描いた人など、思い出は十人十色。「ぬりえは昔の日常を思い出させてくれる」と館長の金子マサさんは語る。

小さい頃、母が一緒に塗り絵をして遊んでくれたことを思い出しながら美術館を後にした。振り返ると、閉まった扉の上で色鮮やかな振り袖を着た女の子がにっこりと笑っていた。

色見本ない「きいちのぬりえ」

ぬりえ美術館は毎週土日と祝日に開館している。年末年始は12月26日から1月13日まで休館。来年3月には「春夏秋冬」をテーマにした企画展を予定している。

蔦谷喜一による「きいちのぬりえ」には色見本がない。配色が決まっているキャラクターものとは違い、どこにどの色を塗るかを考えるのも魅力の一つ。

館内で当時の塗り絵を復刻した「THE きいちのぬりえ BOOK」を販売している。価格は税込み823円。

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