城なき名城、山中城跡 戦国の防衛拠点の姿伝える静岡・三島市「わかるものだけ再現」

山中城跡には要所要所に「障子堀」や「畝堀」と呼ばれる土を穴状に掘り下げ、敵の侵入を防ぐ仕掛けが無数にある
山中城跡には要所要所に「障子堀」や「畝堀」と呼ばれる土を穴状に掘り下げ、敵の侵入を防ぐ仕掛けが無数にある

「城」と聞いて壮麗な天守閣を思い浮かべる人は多いだろう。しかし日本100名城の1つに数えられる山中城跡(三島市)には天守閣はおろか、再現された城が存在しない。代わりに再現された険しい人工の地形が戦国時代の防衛拠点のありさまを今に伝えている。

JR三島駅から車で約30分。標高580メートル、箱根山中腹に山中城跡はある。山中城は16世紀の築城で、小田原を本拠にした北条氏が領有した。

今、周辺は住宅が立ち並ぶ閑静な雰囲気だが、戦国~江戸時代は小田原を結ぶ街道が通る交通の要衝だった。豊臣秀吉の攻撃を受けて落城し、以後使われなくなった。1970年代から三島市が発掘・整備に乗り出し、総額5億6000万円を投じて当時の様子を再現した。

城跡にはひたすら草木と遺構が並ぶ。要所要所に「障子堀」や「畝堀」と呼ばれる土を穴状に掘り下げて敵の侵入を防ぐ仕掛けが無数にあり、壮観だ。全国の100名城を訪ねているという埼玉県在住の60代男性は「これほど見事な障子堀は初めて見た」と舌を巻く。

堀と富士山を一望できる場所がある山中城跡

敵の侵入をいち早く発見するために眺望も抜群で、城跡から富士山や海を一望できる。

三島市は城を再建しなかった理由について「わかるものしか再現しなかったため」と話す。発掘調査結果を忠実に再現し、本丸に続く橋は木製にした。本丸への侵攻を食い止めるため、壊しやすい木製にしていたのだ。

遺構を見回ると1時間程度かかる。急斜面を上り下りする必要があり、息切れするほどだ。落城時に激戦が繰り広げられたとされる西の丸は特に傾斜が急で堀も多く、道が細い。攻めるのに苦労しただろうと感じる。

出入り口付近には売店があり、江戸時代に栄えた茶屋の菓子を再現した団子を楽しめる。

来場者数は年2万人弱で推移していたが、2014年度に2万8000人と急増。15年度には3万3000人に達した。16年度も上半期で前年同期比10%増で推移する。伊豆縦貫自動車道の開通などが影響したとみられるが、じわり人気を集めている。

(中村雄貴)

山中城跡(三島市山中新田410の4) JR三島駅南口から東海バス「元箱根港行き」乗車約30分。「山中城跡」下車。入場や駐車場の利用は無料。売店は月曜日などが定休。散策はルートによって異なり、45分~2時間程度かかる。
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