映画『この世界の片隅に』 戦時下、日常が輝く瞬間

アニメーション映画「この世界の片隅に」がヒット中だ。戦時中の広島と呉を舞台に、18歳で結婚したヒロイン、すずの暮らしと戦争の影を温かみのある手描きアニメで描いた。11月12日に公開し、12月11日時点で44万人を動員、興行収入約6億円を記録。当初、63館だった劇場も88館まで増え、今後さらに拡大する。

こうの史代の漫画を原作に、「マイマイ新子と千年の魔法」(2009年)で知られる片渕須直監督が映画化。すずの声を女優のんが演じた。配給した東京テアトルの森平浩司・執行役員映画宣伝部長によると「公開初日は原作漫画とアニメ、のんさん、それぞれのファンが中心で、男性客が7割を占めた」。ところが、公開2週目で客層が劇的に変化したという。

きっかけになったのが、映画を鑑賞した著名人らによるツイッターなどでの感想だった。「良かったよ」というつぶやきが拡散し、「すみずみまで評判が伝わった」と森平氏。監督らが全国を巡る登壇イベントも奏功し、1人での鑑賞からカップルや友人同士、親子連れなどに客層が広がり、4割以上が女性客という状況に変わったという。

戦争中の物語とはいえ、ことさら戦争の悲惨さを強調して描いているわけではない。若いヒロインは物資が不足する中でも、工夫を凝らして食卓を整え、衣類を仕立て直す。時には好きな絵を描くことも。ヒロインを演じたのんの穏やかで愛らしい声も作品の世界観にうまくはまった。

「普通の暮らしが魅力的に輝く瞬間を映像化したいと思い続けていた。そんな時にこの原作と出合った。ささやかな光も、その反対に影としての戦争があることで、日常がものすごく光り輝くと思った」と片渕監督は語る。

映画化にあたり、監督はこの時代の広島と呉を徹底して調べ上げた。すずと夫が段々畑から戦艦大和の呉入港を見つめる場面では、入港日を特定して当日の天候を正確に描いた。また、戦争で失われた広島の繁華街のにぎわいも復活させた。

映画制作にあたり、ネットで資金を募るクラウドファンディングを実施し、全国の約3400人から4千万円近い支援金が集まった。「彼らが作品の応援団になってくれた。皆さんがヒットさせてくれた幸せな作品」と森平氏は話す。

(の)

[日本経済新聞夕刊2016年12月14日付]

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