埋もれた名作漫画・関連資料 原画を電子化、散逸防ぐ
古い漫画の原画や関連資料をデジタル化して再活用する動きが広がっている。漫画の芸術的な価値が認められる一方で、原画が劣化し、散逸する危機に直面しているという事情もある。
「手塚治虫や大友克洋、浦沢直樹ら日本を代表する漫画家が坂口尚(ひさし)に惜しみない賛辞を送っている。その名作が絶版のままなのは大きな損失。復刊で次の世代に引き継ぎたい」。10月に発足したマンガ作品保存会MOM(さいたま市)の杉浦和行代表は力を込める。
保存会は1995年に49歳で早世した坂口の作品復刊に取り組む。第1弾として来春に短編集「12色物語」を出版。資金の一部はネット経由のクラウドファンディングで募る。今月23~25日にはノースギャラリー(同)で約120点の原画を集めた「はじめての坂口尚展」も開く。
絶版作品が大半
坂口は手塚が創設したアニメ制作会社に入り、アニメーターとして「鉄腕アトム」などを手掛けた後、68年に独立して漫画を描き始めた。画力の高さや緻密な構成力で一般読者に加え、他の漫画家からも高く評価されてきた。だが現在は一部が電子書籍で出ているものの大半の作品が絶版だ。
第2次世界大戦中、ナチスドイツが侵攻したユーゴスラビアが舞台の長編「石の花」は代表作の一つ。複雑な多民族国家のパルチザン闘争や内戦を通して、世界の過酷な現実やヒューマニズムを詩情豊かに描く。「出版社は若者向けの新作で手いっぱいで過去の作品まで手が回らない」と杉浦代表。出版社に勤めた経験を生かし、一市民の立場で復刊に乗り出した。
遺族が設立した「坂口尚作品保存会午后の風」と連携して保管されていた1万点近い原画の修復、デジタル化も進める。遺族代表で坂口の妻のいずみさんは「家具職人だった父親の影響か、こだわりが強い人でアシスタントを使わず一人で描き上げていた。復刊はうれしい」と話す。
沖縄では80~87年に県内だけで発行されていた漫画雑誌「コミックおきなわ」全30号のデジタルアーカイブ化が進む。
「琉球王朝の伝説的な舜天王を主人公にしたり、米軍基地問題を扱ったりと沖縄ならではの作品が多かった」。出版社コミチャン(那覇市)の島袋直子社長は振り返る。島袋社長は同誌の元編集長。出版元だった丸正印刷(沖縄県西原町)とともに取り組み、2016年度中に電子書籍として刊行する。「漫画史の貴重な資料として、県内だけでなく本土の研究者からの問い合わせも多い」(島袋社長)という。
図書館が動く
近年、日本のサブカルチャーが「クールジャパン」として海外で注目され、漫画の芸術的価値に光が当たる。ただ原画や関連資料を長期保存し、管理していくのは費用や手間がかかり、事務所を抱える著名作家を除けば容易ではない。物故者などで原画が散逸している例も少なくない。
そのため、各地の漫画図書館などが原画や資料のデジタルアーカイブ化に取り組み始めた。95年に開館した横手市増田まんが美術館(秋田県)は2015年に「釣りキチ三平」などで知られる地元出身の矢口高雄から約4万5000点の原画を寄贈された。17年度まで3年間かけて全てをデジタル画像にする。以前から原画を保存収集するが、これだけの規模は初めて。
「海月(くらげ)姫」などの東村アキコ、「月下の棋士」などの能條純一からも計約4万点を借り受け、デジタル化を進める。画像は展示などにも活用する。
同美術館の大石卓チーフは「作家の中には原画の保存に頓着しない人もいる。出版不況で出版社は保存する倉庫の費用を賄えなくなっており、古い作品を作家に返しても処分されてしまう場合がある」と指摘する。逆に、フランスなど海外から原画をまとめて買い取る動きもあるという。
大石チーフは「矢口先生の原画にはプロデビュー前に雑誌『ガロ』に投稿した作品など貴重なものが多い。放置すれば貴重な作品が失われ、かつての浮世絵のように海外に流出してしまう恐れがある」と話す。官民が連携して漫画の原画・資料の保存に取り組む必要性が高まっている。
(大阪・文化担当 多田明)
[日本経済新聞夕刊2016年12月12日付]
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