大御所作曲家が残した校歌・市歌、掘りおこしCD化音楽プロデューサー、西耕一

根岸一郎さんらが75曲を披露したコンサート(1月、東京都渋谷区)
根岸一郎さんらが75曲を披露したコンサート(1月、東京都渋谷区)

「雲はとぶとぶ/手稲の峰を/胸はふくらむ/明るい空へ」。美しい自然の風景と未来への希望にあふれた歌詞に、ゆったりと流れる美しい旋律。日本の童謡のようなこの曲は、「ゴジラ」の音楽で知られる北海道出身の作曲家、伊福部昭(1914~2006年)が作曲した琴似小学校(札幌市)の校歌である。曲名を伏せて聴けば、校歌だと気づかないほど音楽の水準は高い。

日本の著名作曲家が手掛けた校歌、社歌などの団体歌を研究するようになって十数年。一般的には見向きもされない音楽だが、知れば知るほど深い世界が広がっている。

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「北海道讃歌」に衝撃

私は大学時代、日本の現代作曲家の音楽に心酔していた。特に芥川也寸志や伊福部、黛敏郎は大好きで、音大に通う友人を介して伊福部本人に会いに行ったこともあった。要するに「現代音楽オタク」だった。

そんな中、知人から伊福部が北海道の委嘱により手掛けた「北海道讃歌(さんか)」の存在を知らされた。これほどの作曲家が地方公共団体の歌を作るのかと驚いた。それでは、日本にはほかにもこうした団体歌や校歌があるのではないか。そんな素朴な疑問から団体歌に興味を持ったのが1998年。大学生の頃だ。

国会図書館や各地の学校要覧などで調べてみると、伊福部が手掛けた団体歌は北海道に限らず、福島、東京、和歌山などで20近くあった。特に私が感銘を受けたのが、1952年に作られた「帯広市市歌」。悲哀に満ちたメロディーを聴くたびに、北海道の厳しい大自然に身を置き、ゆったりと歩みを進める市民の姿がありありと浮かぶ。

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「ゴジラ」との共通項も

伊福部の団体歌には時折、「ゴジラ」や彼の有名な管弦楽曲で聞き覚えがある「伊福部節」ともいうべきフレーズが様々な形で顔を出す。私は伊福部作品をかなり聞き込んでいたから、こうした“発見”はうれしかった。

ほかにも黛や芥川、團伊玖磨、松村禎三、武満徹など多くの作曲家が団体歌を作っていた。関係者にしか、いや、関係者にすら知られないのがもったいないくらいの出来のいい曲が多い。私は各学校を訪ねて楽譜をいただいたり、関係者向けに配布された団体歌を収めたCDなどを中古店で探し回ったりした。結果、300曲以上の楽譜や音源が集まった。

なぜ彼らは団体歌をこれほど多く書いたのだろうか。伊福部の長男である極(きわみ)さんによると、手元に直筆の校歌の楽譜はいくつかあるものの、伊福部本人ですら団体歌をいくつ手掛けたかは把握しておらず、記録にも残っていないという。

しかし、団体歌を手抜きで作るかというと、決してそうではない。伊福部は生前、団体歌について「後輩が歌ってくれることがうれしい」と話している。芥川も校歌を「生活の歌」と捉え、真剣に向き合った。卒業後数十年たっても校歌はそらんじて歌える、という人は多い。狭い範囲でも地域で一生愛唱される歌であってほしいと思い、作曲していたようだ。

伊福部らより半世紀ほど早く生まれた山田耕筰は多くの団体歌を手がけており、私が把握する限り、約500曲。各地から依頼を受けて作曲していたので収入源にもなっていたようだが、楽曲の質は高い。

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日本人作曲家の縮図

私は2004年から友人2人と日本人作曲家の作品を紹介する専門レーベル「スリーシェルズ」を立ち上げ、日本の作曲家の埋もれた管弦楽曲などをCD化し、演奏会を企画する仕事をしていた。これまで収集した団体歌についても、世の中に公開することはできないか考えていたところ、団体歌をテーマにしたコンサートに賛同してくださる方が現れた。

今年1月、団体歌コンサートが東京・原宿の音楽サロン「カーサ・モーツァルト」で実現した。歌手の根岸一郎さん、ピアノの河内春香さんに伊福部や黛らの団体歌75曲を約5時間半演奏していただいた。2人は団体歌を今後ライフワークにしたいとまでおっしゃってくれた。私は感動で胸がいっぱいになった。

西耕一さん

伊福部の団体歌は今年10月、「伊福部昭の団体歌」というタイトルでCD化した。学校の卒業生からメッセージをいただくなど、うれしい反響が多く、校歌についての情報提供も増えた。

来年4月には、芥川の団体歌に焦点を当てた演奏会を企画中だ。団体歌は決して作曲家の片手間の仕事ではなく、日本の著名作曲家の縮図ともいえる。多くの人に彼らの作品を聴いてほしい。

(にし・こういち=音楽プロデューサー)

[日本経済新聞朝刊2016年12月6日付]

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