取引先の名前が…(汗) 名前と顔、五感で覚える
似てる人イメージ・名刺にメモ・楽しい記憶残す
相手の名前を会話に盛り込み記憶に定着させる溝井さん(右)(東京都港区)
「初めまして和賀さん」「和賀さん、出身はどちらですか」「次はいつお会いできますか、和賀さん」。11月中旬、会社員の溝井祐樹さん(46)は東京・港にある営業先の会社で、初めて会った和賀直さん(50)と話をする中で、「和賀さん」を3度盛り込んだ。「営業トークの中で顧客の名前をさりげなく口にすると、名前が自然と記憶される」と溝井さん。
面談中は口だけでなく、和賀さんの顔の特徴をつかもうと目も必死。溝井さんはあるタレントをイメージした。「眼鏡、面長といった細部で覚えると、髪形などが変わった時に思い出せない場合がある。全体像をタレントのイメージにつなげると忘れない」そうだ。
「相手の名前や顔を覚えるのは、ビジネスの基本」。日本能率協会(東京・千代田)のシニアエキスパートでビジネスマナーに詳しい中島克紀さんは言う。「名前はその人のアイデンティティー」だからだ。自身も「姓は『なかじま』。なかしまさんと言われると悲しい。だからなおさら名前を間違えてはいけないと戒める」と話す。
中島さんは溝井さんのように五感をフル活用させることをすすめる。特に名前は、顔という画像と異なり単なる記号に映り、記憶に残りにくい。地道な作業だが、仕事を終え帰宅する前や寝る前に、その日に会った人の名刺を読み返すと記憶に定着しやすいという。
もらった名刺に相手の情報を記すビジネスパーソンも多い。五感の中で、手で書くという触覚を用いて記憶するコツだ。
東京都内で農水産物を取り扱う商社に勤める営業担当の伊藤学さん(52)はその一人。訪問の日時と用件を名刺の表面に書き込むのはもちろん、家族構成や趣味にも言及する。「奥さんが外国人、愛犬がラブラドールレトリバーといったプロフィルを書く。私も犬好きなので名前も顔もすぐ覚える」と伊藤さん。そのためにも、相手から仕事以外の情報を仕込むため雑談力を磨く日々だ。
デジタルの時代、大阪市内の中小企業経営者(67)は今年から相手の了解を得て、スマートフォン(スマホ)で顔写真を撮り、電子メールの連絡帳に登録して覚えるようにしている。記憶力に自信はあったが、「昨年、名前と顔が一致せず、石田さんを石原さんと間違えて商談がうまく進まなかったことがきっかけ」。アプリのメモ帳に名前などの情報をタッチパネルで入力することも、覚えるのに役立つそうだ。
3000人の名前と顔、最新の肩書を覚えている「達人」がいるのをご存じだろうか。各界の著名人が集う東京・銀座の「クラブ由美」の経営者、伊藤由美さんだ。企業のトップが5、6人で訪れるケースはよくあるが、それぞれの名前が出てこなければ客の足が途絶える厳しい職場だ。
伊藤さんは「目の中にシャッターがあるとイメージし、それを切って撮影すれば、文字情報も画像と同様に頭の中に入ってきて忘れない。いわば名前をスキャナーのように取り込む」という特技を持つ。
これは伊藤さんの特技であり、誰でもまねできるわけではないが、接客業としての営業努力には参考になる点がある。例えば「相手から笑顔を引き出す」方法。伊藤さんはこう話す。「相手が笑っていれば、その時の自分も笑顔のはず。相手の笑顔以上に、自分が楽しいと思うことが重要。楽しいことは覚えられる」
要は覚えたいと思う相手に関心を持つことだ。久しぶりに会った相手から名前はもちろん、前回に印象的だったエピソードを話されたら誰でも悪い気はしないはず。「覚えている」のはもてなしに通じるのを知っておきたい。