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心の情景、自由に音に 歌手・作曲家の岸田繁さん 「くるり」の枠超え挑む初の交響曲

2016/11/30付 日本経済新聞 夕刊

きしだ・しげる 1976年京都府生まれ。96年「くるり」を結成、98年メジャーデビュー。映画・テレビの音楽や歌手への楽曲提供も多い。

「ばらの花」「ワールズエンド・スーパーノヴァ」など、ジャンルの枠にとらわれない楽曲で数々のヒットを放ち、今年結成20周年を迎えたロックバンド「くるり」。ボーカルと作詞・作曲を担当してきた岸田繁が、初めてクラシック曲を書いた。広上淳一指揮、京都市交響楽団(京響)によって12月4日に京都、6日に東京で初演される「交響曲第1番」だ。

実はもともとクラシック育ち。父の影響で幼少時からベートーベンやドヴォルザークなどを聴き、地元の楽団、京響のコンサートもよく連れられていった。「くるりの曲にもクラシックの要素が反映されている。正規の音楽教育は受けなかったが、いつか管弦楽曲を書きたかった」。京響から「自由に作ってほしい」と依頼があった時「違う土俵でしっかりした作品を作ろうと考えた」。

完成したのは約50分の大作だ。通常は4楽章形式の交響曲を5楽章にするなどの工夫はしたが、楽器編成は古典的で、アンサンブルやフーガの技法も駆使した。「形式はある程度守り、その中で独創性を追求した。形式から外れたのは紙の五線譜ではなくパソコンで作曲した点くらい」

テーマは考えずに作曲したという。「テーマや曲の長さを決めてしまうと自由に作れない。大好きなバルトークやショスタコーヴィチらの影響は受けたが、大作曲家の曲に引きずられ過ぎないよう心がけた。音楽によって風景や情景をスケッチし、頭の中で鳴っている音を具現化した」と語る。

ロックとは曲の構成も作曲手法も異なるが「ジャンルという音楽の入れ物が違うだけ」と気負いはない。今月23日には、交響曲と並行して作った「管弦楽のためのシチリア風舞曲」もネットで配信した。

挑戦を志す契機は2006年、ウィーン旅行中に聴いたウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の生演奏だった。今年亡くなったアーノンクール指揮でモーツァルトの交響曲40.41番を聴き「最大級の衝撃を受けた。ダイナミックさ、美しさ、繊細さを兼ね備えた演奏に感動した」。触発され07年に発表したアルバム「ワルツを踊れ」は「くるりにとって転機になった作品」。全曲、クラシックのハーモニーやアンサンブルの手法を取り入れて作曲した。「今回の交響曲にもつながった。そして交響曲の経験はまたくるりに生かされる」

バンド名が象徴するように、くるりの音楽は、アルバムごとにコンセプトが変わる。クラシック、ジャズ、テクノ、民族音楽とジャンルを軽々と往来する。メンバーも当初の3人から4人、2人、5人などと変遷し、現在は結成メンバーであるベースの佐藤征史に加え、トランペットのファンファン(育休中)の3人で活動している。20周年の今年は9月に3枚組のベストアルバム「くるりの20回転」を出した。

「時代やシーンの移り変わりに合わせ、いい作品を作ろうとすると結果的に音楽が変わる。バンドはメンバー不変が理想という人もいるが、野球チームのように音楽ごとにメンバーが変わるのは自然。これからもジャンルに関係なく、いい音楽、感動できる作品を作る」

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■京都で育んだ創作の原点

「くるり with 森信行」と題し結成メンバーで演奏を披露した京都音楽博覧会2016(9月、京都市)

岸田の音楽活動の原点は京都にある。京都で生まれ育ち、立命館大在学中に音楽サークルの仲間でくるりを結成。「当時は音楽ばっかりで不真面目な学生だった」が、地元のブルースロックシーンを代表するライブハウス、磔磔(たくたく)や拾得(じっとく)でライブを重ねた。当時の京都はテクノやオルタナティブなど、様々な音楽シーンが混在し、刺激し合っていた。

「懐が深く、攻めと守りのバランスがいい。寺院のように京都らしい場所にこそ、大胆に新しいものを取り込む気質がある」と土地柄を評する。その土壌が「歴史を下敷きにしないと新しいことは生まれない」という自身の音楽観をも育てた。今春には京都精華大学ポピュラーカルチャー学部客員教員に就任した。

2007年から京都の梅小路公園で個性的な音楽家を集めたライブ「京都音楽博覧会」を開催し、今年で10年目になる。「必ずしもくるりが主役でなくてもよい音楽祭。時代の変化に対応し、今後も続けたい」

(文化部 岩崎貴行)

[日本経済新聞夕刊2016年11月30日付]

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