冨田勲の情熱継ぐ 遺作初演、溶け合う電子音・バレエ
今年5月に亡くなった作曲家の冨田勲が晩年、情熱を注ぎ込んだ音楽作品が初演された。電子音楽、バレエなどが混然一体となった大作から、彼の壮大な世界観と多様な音楽性が見える。
青、赤、紫と舞台上の照明がめまぐるしく変化する中、規則的にリズムを刻む無機的な電子音が会場中に鳴り響き、オーケストラの壮大な響きが折り重なる。今月11~12日、渋谷・オーチャードホールで冨田勲の遺作「ドクター・コッペリウス」が初演された。
「日本の宇宙開発の父」と呼ばれ、晩年はバレエを学んだ異色の科学者糸川英夫を題材とし、「スペース・バレエ・シンフォニー」と名付けられた。舞台上にはプロジェクターで人気ボーカロイド(歌声合成ソフト)「初音ミク」が映し出され、音楽に合わせて生身のダンサーとバレエを踊る。過去に例のない試みだ。
重力にあらがう
宇宙とバレエ。一見接点がなさそうな両者の共通項は「重力に抗(あらが)う」こと。冨田と親交があり、今作の企画にも関わった音楽評論家の前島秀国氏は「冨田さんはこの両方を併せ持つ糸川博士に人間の情熱を感じ、宇宙を舞台にした作品を構想した」と語る。冨田自身も「これが実現できるのは夢のまた夢」と語っており、冨田音楽の集大成となる作品といえる。
作品は7楽章形式。糸川をイメージしたドクター・コッペリウスが宇宙開発での挫折をへて天女の娘ミクと出会う。2人は宇宙に飛び出し、惑星イトカワでバレエを踊り、コッペリウスが希望を持って立ち上がるまでを描く。全体構想と第3~7楽章は冨田がほぼ完全な形で残していたが、第1~2楽章は未完だった。
そこで、残されたスタッフらが冨田の構想をもとに導入部にあたる「第0楽章」を制作し1~2楽章は「欠番」とした。「作品の大半があったため、上演可能な状態にできた」。晩年の冨田作品のプロデュースを担当した日本コロムビアの服部玲治氏は言う。
音楽はブラジルの作曲家ヴィラ=ロボスの管弦楽曲「ブラジル風バッハ」、ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」など古今東西の名作を再構成した。美しい叙情的な旋律が続いたかと思えば、コッペリウスとミクがバレエを踊る第4楽章ではフランスの作曲家ドリーブのバレエ音楽「コッペリア」をモチーフにした軽快なワルツが奏でられる。一方で、大音量の電子音が会場全体に降り注ぎ、宇宙空間にいるかのような音響効果を発揮した。
「響きを立体的に」
シンセサイザーを使ってドビュッシー「月の光」やホルスト「惑星」を再構成し、世界的ヒットを記録した冨田にとって、こうした手法はお手のものだ。冨田音楽に詳しい音楽評論家の鈴木淳史氏は「特にワーグナーをベースにした第6楽章は響きを立体的に構築していて、アレンジに冨田らしさが出ていた」と語る。
作品の骨組みとなる電子音は、キーボード奏者のことぶき光が制作した。冨田のシンセやオープンリールテープに残っていた音源を元にし、「素材の段階でエコーや音色などがしっかり作られていたところがすごい」と語る。
ことぶきは12年に初演された冨田作曲の「イーハトーヴ交響曲」にも携わった。宮沢賢治「銀河鉄道の夜」などを題材にした同曲は冨田が初めて初音ミクと共演し話題を呼ぶ。幻想的な理想郷を表現したこの曲があったからこそ、今回の構想が生まれたともいえる。
ただ、映画・テレビの音楽からクラシック、電子音楽まで多彩な音楽を生み出してきた冨田本人の世界観を再現するのは至難の業でもあった。特にバレエと音楽がかみ合わず、ダンサーの存在が舞台で浮いてしまう場面も見られた。「全体を統括し、イメージを伝える本人がいなかったため、様々な要素が一つに溶け合うのが難しかった」と鈴木氏は指摘する。
新日本フィルハーモニー交響楽団によって来年4月に再演されることも決まった。冨田の代表作として語り継ぐには内容をさらに磨き上げる必要がありそうだ。
(文化部 岩崎貴行)
[日本経済新聞夕刊2016年11月21日付]
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