IoT・ロボット使い スマート手術室に手応え

あらゆるモノがネットにつながるIoTやロボット技術を駆使して患者の状態と手術の進行状況を把握し、困難な手術をサポートする「スマート手術室」が動き出した。切除する範囲をナビゲーションし、切除した組織を迅速に調べ、画像診断装置で取り残しがないかをその場で確認する。手術の迅速化と患者の負担軽減につながるとして、大学病院などで導入する動きが始まっている。

「がんを確実に切除して、正常な機能はできる限り残す。そのためにスマート手術室は威力を発揮する」。この3月、スマート手術室を導入した広島大学病院脳神経外科の栗栖薫教授は話す。

広大病院は、脳腫瘍の中でも特に難しいとされるグリオーマの手術にスマート手術室を用いている。グリオーマは正常組織とがんの境界があいまいで、切除が難しい。取り過ぎて手足を動かす神経や言語の中枢を傷つければ障害が残る。切除する範囲を正確に見極める必要がある。

8分で悪性度判定

同病院の4階にあるスマート手術室には、医師の判断をサポートしてくれる最新の医療機器が並んでいる。手術台の傍らに備えたナビゲーション装置は、電気メスが脳内のどこにあるかを、脳の患部の画像に重ねて表示する。壁の大型モニターには執刀医が顕微鏡で見ている術野が映し出され、スタッフ全員が手術の進行を見ることができる。

執刀医が患部の細胞を採取すると、その場でフローサイトメトリーと呼ぶ迅速診断装置にかける。約8分で細胞1つ1つの悪性度がモニターに示され、執刀医はそれを確認しながら切除範囲を決める。

手足の神経機能が正常に保たれているかどうかを監視する検査装置や、がんの取り残しがないかを確認する磁気共鳴画像装置(MRI)も備えている。検査の結果は、患者の心拍数や呼吸数、血圧などとともにモニターに映し出される。

従来の手術室では、検査装置はそれぞれ専門のスタッフが操作する。執刀医が「神経機能に異常はないか」と尋ねると「正常です」と答えるなど、言葉で状況を伝えている。執刀医がより詳しく状況を確認したいときは手をとめて装置の場所に移動し、自らモニターをのぞき込む。切除した組織は手術室の外にある病理部門に持っていき、専門の医師が調べるので時間がかかる。

スマート手術室は必要な機器をすべて集約しており、その結果は逐一モニターに表示される。スタッフ全員が情報を共有し、いつでも確認できるので、手術時間の短縮が期待できる。患者の負担が減り、成功率が向上すると期待される。

広大病院では5月以降、5件の手術を実施した。脳神経外科の斎藤太一助教は「(難しい局面で)迷って手が進まなくなる時間が短くなったと感じる」と話す。「生存率が延びるかどうか結果が出るのは5年以上先だが、手術自体はいずれも非常にうまくいった」と栗栖教授は手応えを感じている。

18年に信州大導入

同病院のスマート手術室は、必要な機器を一通り備えた基本モデルだ。一部はまだネットワークにつながっていない。すべての機器をネットワークにつないだ標準モデルは2018年3月、信州大学病院に導入される予定だ。

すべてのデータを機器間で共有し、複数の情報を組み合わせて、総合的に手術を支援する。データを自動的にサーバーに蓄積し、手術の経過と予後の関連を調べ、手術方法を改良することも可能になる。

対象はグリオーマなどの脳腫瘍だ。同病院の後藤哲哉医師は「あまり経験を積んでいない医師でも、経験豊富な名医のように手術できることを実証したい」としている。

東京女子医科大学は、先端生命医科学研究所の地下に「ハイパースコット」と名付けた究極のスマート手術室のプロトタイプをつくった。機器どうしをネットワークで結ぶほか、ロボット技術を用いて医療機器を操り、効率を高める。

9月半ば、この手術室で、ペットのイヌの前立腺がんを切除する試験的な手術を実施した。エピルビシンという抗がん剤を少量注射し、体外からがんを狙って超音波を照射すると、細胞が取り込んだエピルビシンから活性酸素が出て、がん細胞を殺す。エピルビシンの濃度はごく低いので、超音波が当たらない正常細胞にはほとんど影響がない。

医師は手術台に寝かせたイヌの腹部を超音波検査(エコー検査)の装置で撮影し、がんの位置を確認してボタンを押す。するとロボットが自動的に照準を合わせ、治療用の超音波をがんに集中するよう照射する。

女子医大の村垣善浩教授は「(スマート手術室は)今後、肝臓がんなど脳外科以外の手術でも利用されるようになるだろう」と話している。最新のスマート手術室は、19年夏にも稼働する予定だ。

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自動車工場のソフト改良 製造元・仕様異なる機器 接続

医療機器は製造業者ごとに仕様が異なり、かつてはネットワーク化するのは困難だと考えられていた。それを実現したのは、自動車工場で使われている多種多様な機器を連携して動かすソフトウエアだ。

デンソーの子会社が、産業用ロボットのネットワーク化に使っているソフトをベースに、手術室用の「オペリンク」というシステムをつくった。これが、東京女子医科大学が現在導入を進めているスマート手術室「ハイパースコット」の心臓部となった。

ハイパースコットは日本医療研究開発機構を中心に、女子医大、デンソー、パイオニア、日立製作所、日本光電、東北大学、広島大学などの産学連携で開発を進めている。現在ネットワーク化されている機器は10種類程度だが、参加を希望する医療機器メーカーが多く、今後増える見込みだ。

日本は医療機器の輸入大国だが、スマート手術室は輸出の強力な武器となる可能性を秘めている。すでに米国のカリフォルニア大学サンフランシスコ校、ロシアのノボシビルスク連邦神経外科センターなどが関心を示しているという。

(西山彰彦)

[日本経済新聞朝刊2016年11月20日付]

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