ロバート・フランク 新聞紙に印刷した写真の巡回展
仕掛け人は製本家、ゲルハルト・シュタイデル
20世紀を代表する写真家ロバート・フランクと"世界一美しい本を作る男"と称される製本家ゲルハルト・シュタイデル氏が、新聞紙に印刷した写真による世界巡回展を開催中だ。
「ロバート・フランク:ブックス アンド フィルムス、1947-2016」は東京・上野の東京芸術大学大学美術館陳列館で24日まで開催中。展示の手法からカタログの仕様など、すべてが型破りな内容だ。
1924年スイス生まれのフランクは、20代前半で渡米。55~56年に米国中を旅しながら撮影した写真集「アメリカ人」(58年刊)で世界的な名声を得た。2009年には米国での同書刊行の50周年を記念する回顧展がワシントン・ナショナル・ギャラリーで大々的に開かれ、オリジナルプリントが高額で取引されることでも知られる。
終了後に「破壊」
そのフランクの作品が、本展では新聞のロール紙に印刷され、壁に直接張られ、むき出しの鉄骨の展示ケースにつるされている。壁には落書き風の文字。天井から何冊もの写真集をつり下げた部屋もある。
さらに変わっているのが、巡回先の共催者に課される開催の条件。会場は大学や文化施設など公共性の高い場所のみ、入場料は無料とする。豪華な図録の代わりに、ドイツの新聞を模したカタログを5ドル(東京展では500円)で販売し、運営費にあてる。そして展覧会終了とともに写真を「破壊」しなければならない。売買される「作品」として残ることを防ぐためだ。
「安く早く、生のまま写真を見せるアイデアを、フランクはおもしろがってくれた」とシュタイデル氏は振り返る。個性的なビジュアル本作りで世界各国の写真家やアーティストに慕われるシュタイデル氏は、フランクの長年の盟友だ。2年前、高性能の巨大プリンターを購入したのを機に、新聞のロール紙にフランクの写真を印刷することを思い立ったという。
「彼のオリジナルプリントは高額で取り扱いも難しいため、美術館や個人コレクションが秘蔵したまま公開される機会が少ない。それは写真にとって、悲劇だ。若い観客の目に触れないことを、フランク自身、気にしていた」。資本主義に対する「抗議?」と問うと、シュタイデル氏は言った。「お金をかけずとも純粋に写真を楽しむことはできるという"声明"かな」
学生が全作業
本展は欧米数カ所をめぐり、東京芸大デザイン科と共催する東京展の後は中国、ロシア、ブラジルなどを巡回する。シュタイデル氏は母国の南ドイツ新聞社から提供された紙に毎回、作品をプリントし、丸めて箱詰めして自ら飛行機で運ぶ。「保険料や輸送費、関税もかからないから。破損したり紛失したりしたら、また刷ればいい。東京にも美術品ではなく『教材』と申告して持ってきたよ」
東京芸大では展覧会実現までのすべての作業を学生が担った。「鉄骨の展示ケースも夏休み返上で学生が溶接した」と同大の松下計教授。学生の自由な発想は「各会場の展示を個性的にしてくれる」とシュタイデル氏は話す。たとえばニューヨーク大芸術学部では、終了時の作品の「破壊」がパフォーマンスになった。「ファッション専攻の学生がロール紙をドレスに仕立て、音楽専門の学生がくしゃっと丸めて音のインスタレーションを作った。展覧会の"残りかす"が新しい創作になったんだ」
気取らず即興的で、自然体。そんな展示はフランク自身の撮影手法にも通じる。名作「アメリカ人」も中古車で米国をドライブしつつ、人々の素顔をスナップショットでとらえた。フットワーク軽く、各地に突然現れては消える今回の展覧会を「ポップアップ展」とシュタイデル氏は呼ぶ。
(編集委員 窪田直子)
[日本経済新聞夕刊2016年11月15日付]
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