美術家、C・ボルタンスキーさん 亡霊の声に耳澄ます
現代フランスを代表する美術家の一人。世界各地で展覧会を開き、その場にただよう魂、亡霊の声を聞き取って作品にする。「亡霊の声に耳を澄まし、場所に染みついた歴史的な記憶、悲劇と喜劇を感じ取る。私はそれを解釈して、五感で触れられるかたちにする。目だけじゃなくて耳も鼻も、全身を使って分かるようにね」。記憶を巡る総合芸術を目指してきた。
東京都庭園美術館(東京都港区)で12月25日まで開かれている個展「アニミタス―さざめく亡霊たち」は、1933年に建てられたアールデコ様式の旧朝香宮邸という会場の特徴をこの上なく生かしている。
「私のこと、覚えていますか?」「ずいぶんとね、苦しんだんですよ。知ってるでしょう?」
かつての皇族の館だった本館会場1階大広間や食堂に入ると、男女のささやくような声がどこからともなく耳に入ってくる。新作インスタレーション「さざめく亡霊たち」は部屋のあちこちに仕込まれたスピーカーから時折声が発せられる仕組みだ。
「初めて会場を訪れた瞬間、ここには亡霊があふれていると思った。良いものも悪いものも。戦争の時代には激しい議論もあったかもしれない。少しの間沈黙を守り、彼らの声に聞き入ってみてほしい」
本館に連なる新館では、展覧会の表題にもなった映像作品「アニミタス」(2015年)が大地に宿る「地霊」の姿を捉えている。空気が極度に乾燥しているがゆえに、夜は満天の星が広がるチリのアタカマ砂漠。荒野に突き立てられた枝の先に無数の風鈴がぶら下げられ、風に揺れてチリンチリンと音を出す。作品名にある「アニミタ」はスペイン語で「小さな魂」という意味。チリでは交通事故などで亡くなった人に手向けられた路傍の小さな祭壇を指すという。風鈴は、荒野をただよう魂の現(うつ)し身なのだ。
作品はしばしば「宗教的」と称される。荒野に林立する風鈴が揺れる光景も、確かに巡礼地を思い出させる。「美術作品はもともと宗教的な形式を持っているからね。だが自分の作品が宗教と違う点は、決して答えを求めないし、答えを与えもしないところだ」
例えば大量の古着の山を金色の災害用毛布で覆った作品「帰郷」(16年)。キラキラと金色に光る山は権力や豊かさの象徴と読み取れる。「でも、被災者用の毛布という点に注目すれば、『不死』の概念を呼び覚ますことだってできる。私の作品に1つの解釈、1つの答えはない。あるのは疑問だけ」
ユダヤ系フランス人の父を持ち、第2次世界大戦やドイツ・ナチスによるユダヤ人の迫害・大量殺害を想起させるような作品も多い。「美しい作品ではなく、むしろ哲学的な疑問を生み出すようなものを作ろうと心がけてきた。だからベンチにでも座って、大いに疑問を持ちながらじっくり作品を見てもらえるとうれしい」
19年には日本で大規模な回顧展を開く準備をしているという。「私という存在が消えても、作品や作品を置いた場所は後世に残る。そうあってほしいと願っている」
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生のかけがえなさ伝える
歴史と過去、記憶と亡霊、そして死。作品のテーマからは沈思黙考型の「孤高のアーティスト」といったイメージを思い描くが、実際はとても気さくな人柄だ。「私はヒューマニスト。いつもは明るい男ですよ。食べて飲んでが好き。人生が大好き」と話す。
今回の展覧会の開会式で挨拶に立ったとき、目の前にお母さんに抱っこされた赤ちゃんがいた。すかさず「この展覧会を、赤ちゃんにささげたいと思います」とニッコリ。会場の笑いを誘った。生きることのかけがえのなさを伝える、彼なりのメッセージなのだ。「ずっと死と消滅について考えていると、逆に静かさと一種の喜びを得られるようになった」
越後妻有アートトリエンナーレや瀬戸内国際芸術祭などの展示で日本を度々訪れる。「自分が死んだら、越後や(瀬戸内国際芸術祭の会場である)豊島に灰をまいてもらおうかと考えたこともある。でも大変だから、パリの排水溝にでも流そうかな」
(文化部 郷原信之)
[日本経済新聞夕刊2016年11月9日付]
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