歌の子詩の子、折口信夫 持田叙子著
批評家の起源を新知見で描く
国文学者であり民俗学者であった折口(おりくち)信夫(しのぶ)は、釋迢空という筆名を用いて、短歌から詩さらには小説に至るまで、あらゆる分野で優れた作品を残した。「古代」を探究した学者であるとともに、「現代」の表現と格闘した広義の詩人でもあった。
持田叙子は、「近代文学の風景」の中に折口の営為を置き直し、詩人の側から、その独自の個性を浮き彫りにすることに成功した。学者と詩人を切り離すことができないように、折口が生み出そうとした詩的表現においても、相反する二つの方向を切り離すことができない。はてしない過去からの記憶が積み重ねられてきた伝統的な「歌」(和歌)と、未知なる未来にひらかれた革新的な「詩」(近代詩)と。
持田は、こう記している。「折口信夫という詩人学者がその内奥につねに絶やさぬ革命精神も、その一面は彼が運命的な歌の子であり、とともに時代に破壊と創造をもたらす新しい詩の子であるという葛藤から解けると思う」。本書の内容を最も的確にあらわした一節であろう。さらにこう続ける。歌と詩、理論と実践を分けることのできない折口の文学的探究を、「批評」と呼ぶことも許されるはずだ、と。
折口は、鋭敏な批評家として、作家の「現在の作物の分解」ばかりでなく、「未来の作物」の可能性を透視すべきことを説く。それゆえ、折口の批評は、「生前に大家と評されその位置に安住する作家ではなく、酷評されて報われず、それでも試みつづける未来性をはらむ、未完成の作家に深い好意と関心をそそぐ点」に、その核心がある。三部に分かたれた本書の第一部(「1」)で、持田は、近代的な詩人にして批評家・折口信夫の起源に、薄田泣菫(きゅうきん)や与謝野鉄幹および晶子をあらためて位置づけ直し、石川啄木、岩野泡鳴、田山花袋など「未完成の文学者」たちを折口の文学的同伴者とする。
そればかりでなく、折口が一貫して批判的であった森鴎外こそ、柳田國男と並ぶ、最大のライバルにして「詩人学者」としての最大の目標であったと言うのだ。鴎外の「ヰタ・セクスアリス」に対して折口の「口ぶえ」があり、「山椒大夫」に対して「身毒丸」がある。卓見であると思う。やがて折口は、柳田に導かれるように「山島」の連なりとして日本列島の在り方を再発見し(「2」)、自身の表現の原型を形づくっていった(「3」)。時代の中で生まれ、時代を乗り越えていく文学の力を、折口信夫という特異な個性を軸にして、さまざまな新知見とともに描き出した、刺激的な書物である。
(文芸評論家 安藤 礼二)
[日本経済新聞朝刊2016年11月6日付]
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