湯川れい子さん、シンプルな歌詞こそ響く

音楽を楽しむ手段が変わっただけなんです

ジャズ専門誌への投稿をきっかけに音楽の世界に入り、国内外の音楽の魅力を伝えてきた湯川れい子さん(80)。今年、音楽評論家生活55年、作詞家生活50年を迎えた。この間に音楽を取り巻く環境は大きく変わった。家族がそろってヒット曲を聴くという時代は過ぎ去り、いまは音楽配信で個々が自分の好きな曲を楽しんでいる。

ゆかわ・れいこ 1936年東京生まれ。女優を経て60年にジャズ評論家に。ラジオ音楽番組のDJ、ポップスの評論・解説で活躍。シャネルズ、アン・ルイス、松本伊代らのヒット曲の作詞のほか、ディズニー映画「美女と野獣」などの日本語詞も手掛ける。著書に「湯川れい子のロック50年」「音楽力」(共著)など。

「誰もが知っているヒット曲は少なくなりました。音楽CDが売れないと言われ、実際、売れません。では、人々は音楽を必要としなくなったのか。違います。EDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)をみてください。EDMは、クラブなどでDJが音楽をかけ、観客がリズムに合わせて踊るエンターテインメントですが、2万人、5万人を集めます」

「音楽は時代の生き物。ラジオ、テレビ、レコード、CDといった曲を運ぶ『乗り物』とシンクロしながら伝わっていきます。転換点は1979年のヘッドホンステレオの登場でしょう。自分1人で好きな曲を聴く。タコツボ化です。インターネットが拍車をかけました。いまは耳元何ミリで配信される音楽を聴く時代。音楽の楽しみ方、流通の仕方が変わったんです」

72年から14年間続いたラジオ番組「全米トップ40」などで洋楽を中心にした最新の音楽を紹介してきた。TBS系列の「ザ・ベストテン」など音楽番組が華やかなりしころのヒット曲はカラオケなどで現在も歌われる。いま、自分の心に響く曲にどこで巡り合えるのだろうか。

「インターネットの動画共有サイト『ユーチューブ』が情報源になるケースが多いと思います。それからソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)。最近のミュージシャンはSNSの活用に熱心です。どこでコンサートやライブをやるのか、自分で宣伝をする。多ければ100万人単位で広がりますから、へたなメディアよりも発信力が強い。SNS抜きに音楽は語れなくなっています」

「いまの曲は心に響かないという人もいますね。ただ、後世に残る名曲でも、出た当初は価値に気がつかないことがあるんですよ。ビートルズの『イエスタデイ』。50年前の東京・日本武道館での公演でも演奏したんですが、当時、その価値に言及する人は多くはなかった。人はどうしても、多感な時代に聴いた音楽がいつまでも一番いいと思いがちなんですね」

「その人にとって心地よい音楽、その人にとっての名曲、名演奏があります。昭和歌謡にはまる今の若いひとたちは懐かしんで聴いているわけではない。自分がいいと思うから聴いている。自分が知らない名曲が世の中にはたくさんある。いまの時代のやり方で、いろんな音楽に接してみてはどうでしょう」

音楽に励まされ、生かされてきた

1965年、「涙の太陽」で作詞家としてデビュー。「ランナウェイ」「センチメンタル・ジャーニー」「恋におちて」などのヒットを生み出す。手掛けた作詞は500曲を超える。

「詩が好きな少女でしたが、曲の詞を書くとは思ってもみませんでした。音楽評論家としてラジオ、テレビに出演し、雑誌に連載を持っていましたので目に留まったのか、作詞の依頼が来るようになりました。80年代には作詞、作曲家のレコード会社専属制も崩れてましたから、注文が増えました」

「そのころの歌謡曲は、女性のシンガーソングライターなどを除いて、作詞家はほとんど男性です。歌われている女心は男が思う女心。だって、女って男に追いすがって泣いたりしないでしょ。だめだと思ったら別れます。私が作詞したアン・ルイスさんの『六本木心中』に『女ですもの泣きはしない』というフレーズがあります。女の気持ちを詞に込めたのがヒットにつながったのだと思います」

「当時は歌詞も曲も職業作家がしのぎを削って書いていました。いまは1曲つくるのに時間もお金もかけられない。レコード会社も、とことん売れるという確証がなければ新曲を出したがらない。作詞家という職業はこれから成立しなくなってしまうのではと危惧しています」

東日本大震災では、応援ソングとして「上を向いて歩こう」が歌われたり、「花は咲く」など復興を支援する歌が作られたりした。歌の持つメッセージ性が改めて脚光を浴びた。

「メッセージを込めるといっても、高尚な歌詞にする必要はありません。『さあ、みんなで元気で楽しく生きようよ』というだけで十分だと思います。シンプルなのがいい。作詞家は誰もが、『上を向いて歩こう』を生み出したいと思っているんじゃないです。シンプルで時代を超え、普遍性のある歌です」

「現在、日本音楽療法学会の理事をしています。寝たきりのお年寄りを増やさないように、音楽の力を借りて社会生活ができるように、支援していきたいとの思いからです。私は60代でC型肝炎を発症し、苦しみました。治療中は音楽に励まされました。よく聴いていたのがビートルズの『オブラディ・オブラダ』です。音楽に生かされてきたんですね」

自選CD・自伝を執筆 黄金時代の熱気を「お裾分け」

音楽番組「全米トップ40」でDJを務める

6月、湯川さんゆかりの洋楽曲を選んだ「洋楽セレクション」と自作曲から絞り込んだ「作詞コレクション」の各2枚組CDが発売された。タイトルは「音楽を愛して、音楽に愛されて」。まさに湯川さんの人生そのものだ。

10月から、自伝の執筆に取りかかっている。音楽があふれていた家庭、戦後のジャズとの出会い、ロック、ポップス、歌謡曲の黄金時代の熱気……。時代の証言者として、交流のあった海外の有名ミュージシャンの素顔など貴重な逸話を「お裾分けできたら」と言う。

80歳になったいまも、作詞や執筆、イベント、講演とスケジュールは目白押し。最近は戦争体験者として平和を訴える活動にも力を注ぐ。

いま楽しみにしているのがアイスランドでのオーロラ見物だ。来年10月に約2週間の休みを取り、見に行くという。「それまでに自伝を完成させたいですね」

(シニア・エディター 大橋正也)

[日本経済新聞夕刊2016年11月5日付]

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