気負わず、個性は自然に ソロデビュー35周年で新作
ギタリスト・鳥山雄司さん
ドキュメンタリー番組「世界遺産」のテーマ曲「ソング・オブ・ライフ」を作って注目され、松田聖子の「あなたに逢いたくて」や郷ひろみの「GOLDFINGER'99」をはじめ、編曲家としての評価も高い。
とはいえ、鳥山雄司の本領はギタリストとしての卓越した表現力にある。安定感のある端正な演奏は歌心と躍動感も併せ持ち、多くの有名ミュージシャンから信頼され、バックバンドの要として引っ張りだこだ。
「昨年は音楽監督のような楽器を弾かない仕事も多かった。やはり自分の音楽を表現できるのはギター。原点に戻り、ギタリストとしての自分に焦点を合わせた活動に力を入れたい」
成果の一つが新作アルバム「3×5」だ。ソロデビュー35周年を記念し、15曲を収録した。折り目正しさと躍動感を見事に両立させた演奏を聴かせている。
「右手のタッチを大切にしています。ピックや指が弦に当たったときの感じが伝わるのが理想。一つ一つの音をごまかさずにしっかり弾き、小さい音でも弱くならない、輪郭のはっきりした音を心がけています」
粒立ちの良いギターサウンドはそんな演奏から生まれるわけだ。丁寧で正確な演奏だが、四角四面といった印象は全く受けない。
「人間が弾けばリズムのゆらぎは必ず出るし、感情や個性もにじみ出てくる。だから音を出す前に感情を入れようと気負ったり、迷ったりする必要はないのです。特に入れ込みすぎないように意識しています。リラックスして理路整然と弾けば、リズムがもたつくこともなく、曲の魅力がスムーズに表現できるのです」
新作に収録した自作曲は落ち着いたジャズ・フュージョンを基調に、ラテンや映画音楽を思わせる美しい旋律も随所に顔を出す。
「誰しも絵や映画を見て泣いてしまうことがある。心地いいとか、熱くなれるタイプの音楽はあるけれど、あのグッと来る感じを表現できる器楽曲が最近は少ない。そこを意識した自作曲を入れています」
「鍵を握るのはメロディーとハーモニーです。ロックギタリストのジェフ・ベックに憧れたのですが、メロディーとハーモニーに関してはフランシス・レイやミシェル・ルグラン、ヘンリー・マンシーニといった欧米の映画音楽の影響が大きい。『白い恋人たち』『ひまわり』の世界です。クールに突き放す音楽なのに、いや、だからこそグッとくるのだと思っています」
理知的な演奏を志向するのは、情動的に弾くより、聴き手に想像の余地を与えやすいと考えるからだ。
「ポイントは余白。例えば、カルロス・サンタナというギタリストの『哀愁のヨーロッパ』は熱い音楽だと思われがちですが、実は余白のたっぷりある曲です。大きな余白の中で冷静に演奏されるから、哀愁が生まれるのだと思います」
「その意味でJポップは1曲に情報を詰め込みすぎだと感じます。構成もA、Bと展開し、Cというサビがあり、大サビのDを加えて転調までする。情報過多で、結局はどの曲も同じに聞こえてしまう。僕は曲を作ったら、どんどんそぎ落としていきます。要素が少なくても、バランスが取れていればいいのですよ」
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メロディー引き立てる演奏
吉田拓郎の公演で弾く姿を目にして間もないのに、今度はバイオリン奏者の葉加瀬太郎の公演で鳥山雄司を見た。10月16日、横浜・神奈川県民ホール。売れっ子ぶりがうかがえる。引き続き葉加瀬の全国ツアーに音楽監督兼ギタリストとして帯同している。
もともと葉加瀬のバンドにはチェロの柏木広樹をはじめ優れた演奏家がそろっている。音楽監督として加わり、彼らをどう監督するのか。「個々の技量は高い。ただ葉加瀬君とこの人、葉加瀬君とあの人といったつながりは見えても、バンドの一体感はもう一つだった。僕の役割はそれを築くこと」と鳥山は言った。状況を見抜く眼力は鋭い。
葉加瀬の公演では、鳥山が自身の出世作「ソング・オブ・ライフ」を演奏する場面もあった。鳥山は楽曲を利用して自分のギターテクニックを誇示するタイプではなく、メロディーの美しさを引き立たせる演奏をする人なのだと実感した。「入れ込みすぎずに弾く」。その効果の表れだろう。
(編集委員 吉田俊宏)
[日本経済新聞夕刊2016年11月2日付]
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