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アスリートを支える

競輪経験、車いす訓練マシンに注ぐ パラ競技者支える

2016/10/30付 日本経済新聞 朝刊

自宅の車庫を改装して、車いす競技のトレーニングマシン製作に励む藤巻進さん(静岡県富士市)

数々の感動を呼んだリオデジャネイロ・パラリンピック。車いすレースでは、女子マラソンの土田和歌子選手(42)と男子陸上5000メートルの樋口政幸選手(37)がそれぞれ4位に入賞した。厳しいトレーニングを支えた小さな器具がある。

左右それぞれに筒状のローラーが2本ずつ付いている。その上に車いすの車輪を載せ、回転させるとローラーも一緒に回る仕組みだ。競技用車いすの選手のため、場所を選ばず鍛錬できるよう開発された。

作製したのは静岡県富士市の元競輪選手、藤巻進(ふじまき・すすむ、57)さん。8年前に29年間の現役生活に別れを告げ、2010年に改装した自宅車庫で自転車の出張修理業を始めた。

「車いす用のトレーニングマシンを作れないか」。競輪の練習に通った富士市から沼津市にかけてのサイクリングコース。1年後、顧客開拓のためチラシ配りに行くと、顔見知りの車いすマラソンを愛好する男性(68)から声をかけられた。

当時、県内の競技用マシンは静岡市内に据え置き型が1台あるだけ。満足にトレーニングできる環境になかった。「自宅で使える軽量タイプを作ろう」。工業高校出身。いす作りなど木工は得意で手先の器用さには自信がある。そこに競輪選手の経験が加わった。

競輪のトレーニングではローラー付きマシンに自転車を載せてこぐ。これを車いすに応用し、改良を重ねながら11年春に第1号が完成。重さは25キロ。何とか移動させられる。「いいじゃないか」。男性は笑顔を見せた。

本業の自転車修理は注文が減って苦戦していた。「店を畳むか」。悩んだ末、試しにホームページにマシンを掲載。ちらほら問い合わせが入るようになり、2度目の転機が訪れる。「海外遠征に持っていきたい。もっとコンパクトにできないか」。シドニー・パラリンピックで銀メダルを獲得した広道純選手(42)からの電話だった。13年6月のことだ。

いかに軽量化するか。骨格でつながっていた前輪固定部と後輪のローラー部を分離し、間にあった骨格を取り除いた。細かな部品も一つ一つ見直し、できるだけ減らした。それでもバランスが崩れないことを広道選手と確認した。約9キロまでそぎ落とし、分解してキャリーケースに入れられるようになった。

他の選手からも注文が舞い込むようになり、こちらが本業になった。これまでパラリンピックに出場した9人を含め33選手が顧客に。海外にも約30台を輸出した。「認めてくれる人がいるからこそ、作り続けられる」。それぞれの車いすの寸法に合わせ、1台約2週間かけて手作りする。

分解してキャリーケースに入れられるように小型化した(静岡県富士市)

視界にあるのはトップアスリートだけではない。障害が重く、握力や腕を伸ばす力が弱い人たち。マシン上でバランスを取ることは難しく、ローラーの抵抗で車輪を回し続けることもままならなかった。

車いすのパイプをつかむ部材を採用し、ずれを防いだ。ローラーの角度は可変式にして負荷を調節できるように。モーターで車輪の回転を補助する仕組みも取り入れた。

「今までこういう物を作ってくれる人はいなかった」「こんなに障害者のことを考えてくれる製品があるとは」。昨年12月の試乗会でかけられた言葉は今も心の糧だ。

藤巻さんは言う。「要望がある限り、もっといい物を作り続ける。皆さんの度肝を抜くようなマシンを」。地面と同じような乗り味の実現など、改善の余地はある。挑戦に終わりはない。

(文・中島佳奈、写真・小高顕)

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