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サピエンス全史(上・下) ユヴァル・ノア・ハラリ著 現生人類の特徴を「虚構」にみる

2016/10/30付 日本経済新聞 朝刊

 ギリシャ、ローマから語り始めてきた歴史が、変化しつつある。ビッグヒストリーと言われ、一三八億年前の宇宙の誕生に始まり、地球、生命体へと続く。本書も、題名の「サピエンス」が示すように、人間をその流れの中に位置づけ、そこで重要な三つの革命を語る。七万年前の認知革命、一万二〇〇〇年前の農業革命、五〇〇年前の科学革命である。大きな脳、道具の使用、学習能力、複雑な社会構造を持つさまざまな人類が登場しながら現生人類(サピエンス)以外はすべて滅びた。一種だけが生き続けた理由は、新しい思考と意思疎通の方法を持つ認知革命があったからである。その内容は、想像力と言語である。この二つで、まったく存在しないものに関する情報を伝えられるところから生まれた「虚構」こそわれわれの特徴と著者は言う。実世界での集団の上限は一五〇人とされるが、虚構、たとえば共通の神話を共有し協力できる人に限りはない。しかも、虚構を作り変えれば、人々の行動や社会構造も変わるので、サピエンスは遺伝子による進化の束縛から逃れ変化を加速させた。

(柴田裕之訳、河出書房新社・各1900円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 まず狩猟採集生活では、地球上のあらゆる場所へと移動し、多様な食物を手にして豊かな生活を営んだ。すでに、多くの動物を絶滅させる危険な種の姿が現れている。世界各地で野生の小麦の栽培が始まり、農耕社会に入る。限られた土地、家畜からの感染症、辛(つら)い姿勢での長期労働などと農耕の実態を見ると、なぜこの生活に入ったのかわからなくもなるが、サピエンスはとにかく定住し、人口を増加させた。虚構づくりの能力が、更(さら)に帝国、宗教(イデオロギー)、貨幣を生み、大きな共同体を支えたのである。貨幣こそすべての人をつなぐ虚構だとする指摘は興味深い。

 いよいよ科学革命、ここで生まれるのが進歩という価値だ。すべてを知っているとする神話と異なり、科学は無知から始まるので、終わることのない進歩につながるのである。これを帝国主義と資本主義が後押しして現代ができている。著者は進歩を求めたこれまでを否定はしない。しかしこれまでの歴史理解が進歩だけを見て、個人更には他の生物の幸せや苦しみについて考えて来なかったことが最大の欠落との認識から、それを埋める努力を始めようと言う。視野を広げ、現在は必然のものではなく、生物工学などでサピエンスが特異点に至ることまでをも含めたさまざまな可能性があることを理解するために歴史を知ろうと呼びかけるのである。

(JT生命誌研究館館長 中村 桂子)

[日本経済新聞朝刊2016年10月30日付]

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

著者 : ユヴァル・ノア・ハラリ
出版 : 河出書房新社
価格 : 2,052円 (税込み)

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