戦後日本首相の外交思想 増田弘編著第一線研究者による骨太解説

あまたある短命な政権のことはいい。戦後日本外交を動かしてきた主要な首相たちについて、第一線の研究者による骨太な解説が欲しい。そのような願望がかなうことになった。

(ミネルヴァ書房・4500円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

平和憲法の下での対米協調・経済成長・軽軍備という、戦後の基本路線を築いた吉田茂と、その挑戦者たちについての、安定感ある叙述から本書は始まる。中でも芦田均は情勢の変化に対処する知性があるがために、国連への期待から反共の闘士へと立場が変遷し、その合理主義は文人的な線の細さと紙一重であった。冷戦が始まる時代に生きる難しさを、教えてくれる。

高度経済成長にまたがる時代について、意欲的な説が並ぶ。岸信介は思っていた以上に真剣なアジア主義者であったらしい。池田勇人は経済一辺倒に見えて、頑固な大国志向をそこに織り込んだ。佐藤栄作の「待ちの政治」とはただ待つのではなく、先駆的なアイデアを発表した上で、世がこれに追いつくまで耐えて待つという意味であった。池田ではなく田中角栄こそ真の政経分離主義者で、経済では資源供給の多角化を追求しつつも外交については対米協調路線を継承した。いずれも個性的でありつつ、「吉田路線」を継承した。継承しつつ、その外交的な地平を広げてきた。

この調子で紹介していては、字数が足りない。本書を通じて、日米関係だけでなく、アジア諸国との外交についての実証研究が進んだことが、再解釈の力になっていると実感する。中曽根康弘がレーガンとだけでなく、中国の胡耀邦や韓国の全斗煥とも親密な関係を築いた姿は、印象的である。

冷戦後の動揺や苦悩からも、今からなら「吉田路線」の柔軟な適応力を見いだせる。汗は流すが血は流さないぎりぎりの国際貢献を見定めた宮沢喜一、雄大なユーラシア外交を構想した橋本龍太郎からは、特にその感を強くする。

ここで言及できなかった章にも、それぞれ持ち味がある。編者による序章は丁寧で、各章の確認と整理のために、終章として読むのがよい。

最後に登場する小泉純一郎は、イラク派兵などの対米協調を不人気でも貫くという意味で、単なるポピュリストではなかった。だが徐々にでも外交的地平を広げようとした前任者たちの丹念さは、感じさせない。一連の時代がここで終わったのだろうか。この本を再読して考えてみたい。

(東京大学教授 五百旗頭 薫)

[日本経済新聞朝刊2016年10月30日付]

戦後日本首相の外交思想:吉田茂から小泉純一郎まで

著者 : 増田 弘
出版 : ミネルヴァ書房
価格 : 4,860円 (税込み)