出雲の干し柿 冷蔵技術で全国へ
渋柿七変化 季節問わず
中国地方特有の渋柿「西条柿」で作る干し柿は、島根・出雲地方で戦国時代から保存食として珍重されてきた。晩秋から冬にかけて柿をつるす光景は島根県東部の風物詩だ。この伝統食の生産現場が冷蔵技術の導入で変わりつつある。ふっくらした食感に仕上げることで知られる生産加工のまる福農園(松江市)は、季節を問わず首都圏の消費者に上質の干し柿を届ける取り組みを始めた。
古事記に記された「黄泉(よみ)の国」の入り口とされる「黄泉比良坂(よもつひらさか)」。その南東に広がる旧東出雲町(現松江市)の田園地帯は西条柿の産地として知られる。まる福農園を営む福岡博義さん(73)は、1ヘクタールの農場で西条柿を約400本栽培している。年間の収穫数は約6万個だ。
福岡さんは、冷蔵保存技術を使って干し柿を通年出荷できる生産体制づくりに取り組んでいる。島根県立大学の短期大学部健康栄養学科の赤浦和之教授らの協力を得て、収穫柿の熟度を均一にして品質を高める技術を開発した。
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チャレンジのきっかけは温暖化だ。例年にない高温と高い湿度に見舞われた2015年の晩秋。つるした柿がカビの被害にあい、約1万個の廃棄処分を余儀なくされた。通常は収穫柿の皮をすぐにむいて加工するが、緊急対策として一部を冷蔵庫でゼロ度前後で保存した。
柿の乾燥に適する冷風が吹く真冬まで待って冷蔵庫から取り出した。皮をむいて自然乾燥させたところ、カビが発生することなく上質の干し柿に仕上がった。
「けがの功名ですね」と福岡さん。これまでは柿の加工作業が一時期に集中するから人手の確保が大変だった。季節を問わずに出荷できるとなれば、市場のニーズにも臨機応変に対応できる。9月には「保冷保存による干し柿製造」で島根県による6次産業推進の補助事業に採択された。
敷地面積が20平方メートルのプレハブ冷蔵庫を建設し、この秋から本格的に保冷保存による加工生産を始める。密閉した段ボールに入れて冷やすと、柿自身のエチレンガスの影響で熟した柿状に軟化して干し柿には加工できない。通風機能のあるコンテナに収納することで長期保存が可能になる。
販売動向を見ながら随時冷蔵庫から取り出して皮をむいて乾かす。計画生産することで首都圏や関西などでの販売が強化できる。
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まる福農園は加工場の横で毎週日曜日に農家喫茶「百市茶屋」を開いている。干し柿や柿の加工食品を使ったスイーツやデザートなどだ。この夏は「柿氷」を提供した。氷に柿酢や柿ピューレなどをトッピングして、干し柿をトッピングする。
茶屋は新商品のアンテナショップにもなっている。「柿スムージー」「干し柿のチーズケーキ」などが楽しめる。商品開発と接客は島根大学大学院の研究生があたっている。若い人に干し柿の味を知ってもらい、新しい市場につなげる狙いだ。ここでは、柿酢や柿の葉茶などの加工商品も販売している。
まる福の干し柿は、福岡さんの屋号を冠した「百市のほし柿」というブランド名で販売されている。松江周辺では、老舗の一畑百貨店(松江市)の中に出店している青果の「ころくや」で扱っている。ほかには庭園の美しい美術館として人気の高い足立美術館(島根県安来市)に近接する「さぎの湯温泉」にある旅館の竹葉で買うことができる。
食べてみると百市の干し柿はねっとりとした食感が印象的だ。チーズケーキは、少し酸味のあるケーキ生地に、柿のさっぱりした甘みがよく合う。最近開発したという干し柿チップス入りのアイスクリームもお薦めだ。島根県内の上質の牛乳を使った一品で、秋の風味を堪能できる氷菓だ。
福岡さんの目標は、柿の実だけでなく柿農園全体で使えるところはあまねく活用して、地域を盛り上げること。柿渋づくりの教室や秋料理の交流会など体験型の観光も企画している。「食べて飲むだけでなく、見て遊んでもらい、手を動かしてもらう。柿で健康になる人を増やしたい」と福岡さんは話している。
島根県東部の庭先では柿をよく見かけ、自宅で柿の渋みを抜く人も多い。当地ではドライアイスを使う「脱渋」が普及している。果実10キログラムに対してドライアイス100グラムの割合でポリ袋に入れて封入。4日ほど置くと不思議なほど甘くなっている。
ドライアイスの成分の炭酸ガスが、渋みを感じさせるタンニンを不溶化することで渋みがなくなるという。ドライアイスが直接果実に触れると凍傷による傷みが出るので、ドライアイスを新聞紙にくるみフルーツキャップをかぶせて入れるとよい。
(松江支局長 若杉敏也)
[日本経済新聞夕刊2016年10月25日付]
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