医学生、過疎地で学ぶ 診療所・介護施設で総合診療
医師不足緩和へ やりがい伝える
「患者の退院後の生活を知ることは、医療と介護の連携に必要だ」。10月上旬、徳島県南部の牟岐町にある介護施設「和楽」。徳島大学医学部の谷憲治特任教授が医学生にこう語りかけた。医学生は居室やリハビリ室などを見学。入居者の暮らしを学んだ。
訪問診療も同行
同医学部では地域医療実習が必修科目だ。5年生になると十数人が1組となり、牟岐町やその周辺の医療機関や介護施設を1週間かけて訪問する。
介護施設の見学は医師となって退院後の患者支援計画を作成する上で役立つ。診療所では医師1人で診察する様子を見て、訪問診療にも同行。幅広い病気や患者に対応する総合診療に必要な知識などを学ぶ。参加した芳野徹さん(24)は「将来どの科を専攻しても総合診療の技術を持つことは大切だと思った」と話す。
牟岐町は人口減少が続き、現在4千人余り。なぜこの小さな町が実習の場に選ばれているのだろうか。
背景にあるのは医師不足だ。町内の県立海部病院はかつて常勤医が約30人いた。だが2004年度から研修医が臨床研修先を選べるようになった影響などで一時9人まで減少。いったんは土曜の救急患者受け入れ休止に追い込まれた。
地域医療の重要性や働きがいを伝え、医師不足を食い止めよう――。県は07年に徳島大に牟岐町を含む海部郡での実習のため寄付講座を開設。徳島大は08年度から必修とした。
地元住民も協力する。例えば採血実習。医師免許がなく経験も限られる医学生の採血は敬遠される場合もあるが、海部病院では患者の9割近くが応じるという。患者の「痛くなかったよ」との声掛けが、自信や地域への愛着を生む。実際、今春には元実習生が医師として海部病院に赴任した。
こうした教育を通じたへき地の医師確保は、世界保健機関(WHO)が10年の報告書で有効な手段として紹介している。国内では文部科学省が07年度から卒前の医学教育としてカリキュラムへの採用を推進した。
全国地域医療教育協議会が昨年6月に公表した報告書によると、全国80の医学部・医科大のうち77大学が地域医療実習を導入。実習の場(複数回答)は「学外の病院」が75大学で最多で、「診療所」66大学、「介護施設」48大学と続いた。
実施する学年や内容は大学側に委ねられている。質を高めるため、他の職種との連携を取り入れ実践的な教育を試みる動きもある。
専門の壁越えて
「服薬カレンダーを提案しよう」「栄養に注意してもらうため具体的にレシピを提案した方がいいのでは」。5日、丸木記念福祉メディカルセンター(埼玉県毛呂山町)での埼玉医科大と埼玉県立大の合同実習。医師や看護師、ソーシャルワーカーなどを目指す学生6人が50代男性の退院後の生活を話し合った。
高齢社会では医療や介護、生活支援を一体的に提供する「地域包括ケアシステム」の構築が求められる。このため学生時代から職種を超え意思疎通を図る場を設け、連携力の高い人材を育成するのが狙いだ。
8月には日本工業大なども加わった合同実習を開催。建築士を目指す学生が参加し、バリアフリーのあり方などについて医療、建築双方の視点から議論した。埼玉医科大地域医学推進センター長の柴崎智美准教授は「地域の多様な課題の解決には医療職にとどまらない連携が必要」と指摘する。
◇ ◇
医学部地域枠の卒業生 「定着率」8割超
地域医療実習とは別に、大学医学部は地方の医師確保に向けて「地域枠」を設けている。定員の一部を割り当て、修学資金を支給する代わりに一定期間の地元勤務を卒業生に義務付けるケースが多い。地元出身者のための選抜枠に設定している大学もある。
文部科学省が2015年5月に公表した調査によると、15年度に地域枠を導入していたのは70大学(募集人員は1541人)。05年度の9大学(同64人)から大幅に拡大している。
卒業した大学と、臨床研修先に選んだ病院が同じ都道府県にある卒業生の割合(地域定着率)は、地域枠が15年4月までの累計で83.3%。地域枠でない卒業生では45.3%にとどまる。大学ごとにみると、筑波大や金沢大、広島大などは地域枠の卒業生全員が地元で臨床研修をしていた。
(辻征弥、鳥越ゆかり)
[日本経済新聞朝刊2016年10月23日付]
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