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男も「音姫」 江戸の殿様にも遡る、日本の音消し文化 水不足を機に定着進む

2016/10/22付 日本経済新聞 プラスワン

PIXTA
今では当たり前になっているトイレの擬音装置。その起源をたどると江戸時代の「音消し壺(つぼ)」に行き着く。日本独自の恥じらいの文化が背景にあるが、空白の時代もある。定着したのは節水の要請だ。

擬音装置のルーツを探るため、厄よけで有名な岡山県倉敷市の蓮台寺を訪ねた。迷子になりそうなほど多くの部屋を抜けた建物の奥に、かつて殿様が宿泊した際の寝室がある。目当ての「音消しの壺(つぼ)」はその寝室に面した廊下に、当時のままあった。

壺は直径40センチほどの青銅製で蛇口が付いている。高さ1メートルほどの石柱の上にあり、蛇口の真下には屋根瓦が敷き詰めてある。水が蛇口から落ちると瓦に当たって音が鳴る。壺がある廊下の先に個室のトイレがある。用を足している時に水音をたてるのだ。

副住職の佐伯増寿さんは「用足しの音を消すだけでなく、水音が鳴っている時は、殿がトイレに入っていることが側近たちにわかる。2つの意味があったようです」と話す。大火の後、江戸後期の1799年に再建した際に置いたという。当時、音消しの壺は「江戸城の大奥にもあったらしい」(佐伯さん)。

庶民はどうだったのだろう。江戸の庶民文化に詳しい渡辺信一郎氏が書いた「江戸のおトイレ」は、当時の川柳をたくさん紹介している。「屁(へ)が出そう小便おしみおしみたれ」。若い嫁が小用を少しずつ少しずつ小分けにして屁を抑えながら用を足す様子だという。音を出さないよう自ら工夫したわけだ。けなげな恥じらいではないか。

■水洗トイレが普及 「音を大きくして」

江戸以降、壺に代わる音消し装置は出てこない。トイレを住居とは別の離れにつくることが多かった事情もあるようだ。新装置が登場するのは、くみ取りから水洗トイレの普及が進んだ1979年だ。

革命的な商品を作った折原製作所という東京都荒川区の小さな会社を訪ねた。同社は臭いと水量を抑える「簡易水洗」型トイレを販売していた。すると「もっと音を大きくして」という声が客から上がった。水を流して音を消す習慣が身についた女性が、音の小ささに不満を持ったのだ。

折原征一社長は流水に似た音を出す「エチケットーン」を開発した。世界初のトイレ擬音装置の誕生だ。「臭いの問題が片付くと今度は音を大きくしてほしいと言う。人間は欲深いものだと思いましたよ」と折原社長は振り返る。

79年の夏、全国で渇水が起きた。東京都は給水を制限、都議会の予算委員会で節水策を議論した。折原社長によると、議場で水道局長がエチケットーンを手に「節水に役立つこういう消音器もある」と水洗の音を響かせたという。

85年には朝日新聞の4コマ漫画「フジ三太郎」に、節水商品として「エチケットーン」が登場。英字新聞のジャパンタイムズは88年1月の1面トップで、日本人女性のトイレでの音への敏感さに触れ、写真入りで取り上げた。

今や擬音装置の代名詞になった「音姫」をTOTOが発売したのが88年だ。開発担当の松山司さんは「最初から節水が目的だった」と明かす。

■携帯商品が続々 スマホアプリも

トイレがたくさんあるのは企業だ。社員らが用足し音を恥ずかしいと大量の水を流しては費用がかさむ。調査によると擬音装置がないと女性は平均2.3回水を流す。装置があると1.5回に減る。女性400人のオフィスで節水できる水は年約5510キロリットル、料金は386万円という。

先行したTOTO、松下電工(現パナソニック)に続いて90年にはINAXが「節水トーン」を発売。擬音装置が当たり前の時代に入る。「音姫」の出荷台数が100万台を突破した2009年以降、「ケータイ音姫」をはじめ、「エコヒメ」「エコオトメ」「音セレブ」などの携帯商品が続々とできた。スマートフォンのアプリで流水音を出すサービスも登場している。

排せつ音を恥じる文化は日本独特のようで、音姫の輸出は中国向けなどごく少数。だが節水は海外の方が深刻だ。米国ではトイレの洗浄水を1回6リットル以内と義務付ける。日本では水洗トイレの普及当初、1回に20リットルも使った。今では3.8リットルの超節水型商品がある。海外の節水基準を大きくクリアしているのだ。

TOTOは11年に音姫内蔵トイレを投入した。働く男性20~60代の外出先トイレに関する意識調査(07年)によると約4割が2度以上水を流したことがある。「音姫男子」「恥じらい男子」なる言葉も聞く。現在、ビルに設置するトイレは基本、男女とも音姫内蔵型だという。恥じらいと節水を解決する進化は続く。

記者のつぶやき

■擬音装置の発明 特許取れていたら…
世界初の擬音装置を開発した折原製作所は東京の下町、西日暮里にある。この発明は特許を取れていない。特許庁によると、トイレで擬音を発生させるアイデア自体に特許を与えるのは難しいのだという。
折原社長は「もし、特許が取れていたら……」と無念そうにつぶやいた。折原製作所の名前をしっかり胸に刻みたいと思った。
(大久保潤)

[日経プラスワン2016年10月22日付]

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