日活、「ロマンポルノ」新作に第一線監督を起用
現場に自由、脈打つ作家性
1970~80年代に数々の名作を残した成人映画「ロマンポルノ」に日活が再び取り組んだ。5人の第一線監督を起用した新作は、自由な製作環境を反映し、それぞれの作家性が脈打つ。
日活は第1作「団地妻 昼下りの情事」から45周年の今年「ロマンポルノ・リブート(再起動)・プロジェクト」に着手。旧作80本のブルーレイ・DVDを発売すると共に、新作5本を製作した。監督は塩田明彦(55)、白石和彌(41)、園子温(54)、中田秀夫(55)、行定勲(48)。いずれも原作のないオリジナル作品だ。
製作にあたって、かつてのロマンポルノに準じた条件を付けた。(1)上映時間80分前後(2)10分に1回のラブシーン(3)製作費は一律で撮影期間は1週間――だ。
低予算だが「3条件さえ満たせば、後は現場に自由を与える」(佐藤直樹日活社長)。それも往年のロマンポルノと同じだ。斜陽の日本映画界にかろうじて残った自由なスタジオが、神代辰巳、田中登ら強烈な作家性をもつ名匠を生み、相米慎二、根岸吉太郎ら多くの才能が巣立った。
5本の新作もプログラムピクチャーの枠を踏まえながら、その作家性はむしろより濃厚に表れている。
塩田明彦「風に濡(ぬ)れた女」は、森で静かに独居する男に野性むき出しの女がつきまとう。いきなり自転車で走ってきた女が海に突っ込む冒頭シーンから、まるで剣客の決闘のように女と男が間合いを計りながらじりじり円を描く対決シーンまで、およそ荒唐無稽なアクションを通して、やむにやまれぬ感情を表現する。
「武器は俳優」
神代辰巳「恋人たちは濡れた」にオマージュをささげながら「肉体と肉体がぶつかりあうところから、映画の面白さをつかまえる」という塩田流のアクションによる語りが全開だ。「低予算映画の一番の武器は俳優たち。かつてのロマンポルノのように、俳優と一緒に何が作り出せるかということにトライした」と塩田。
白石和彌「牝猫(めすねこ)たち」は池袋の風俗嬢たちの物語。新宿のソープ嬢たちを描いた田中登「牝猫たちの夜」に設定を借りつつ、ネットカフェ難民、ひきこもり、児童虐待、独居老人など今日の社会問題を生々しく提示する。「凶悪」などで極端な犯罪を描きながら、社会の現実に真摯に向き合う白石の資質が表れている。
「ネットに過激な映像があふれる今、ロマンポルノを作るなら、世相の写し鏡にしないといけないと考えた」と白石。5人の監督で最も若く、ロマンポルノは後年にビデオで見た世代だが、「エロスより、物語や表現方法が刺激的だった。映画に作り手がいることを気づかせてくれた」という。
女性陶芸家と弟子の同性愛を描く「ホワイトリリー」も中田秀夫の作家性が際立つ。粘土をこねる指へのフェティッシュなまなざし。師弟関係に表れた「心を縛られる」という主題。中田の一連のホラー作品に連なると共に、中田の師、小沼勝の作品も想起させる。
ホラーに近く
東大卒業後、日活に入った中田は5人の中で唯一、助監督としてロマンポルノを経験した。「ロマンポルノは監督の個性を超えて、人間性までさらす」という実感をもつ。今回は小沼に倣い、耽美(たんび)的なラブシーンを究めた。「ホラーとロマンポルノは近い。不安と性という人間の原初的な本能に根ざすから」と中田。
再起動企画の契機となったのは、2012年の日活創立百周年でのロマンポルノ特集上映の成功。若い客が多く、6割を女性が占めた。豊富な旧作群をもつ日活だが「ロマンポルノも強力なブランドだ。再び火をつけ、新作を作っていくことで若い才能との接点にもなる」と佐藤社長は考えた。
邦画は斜陽期を脱し、国内市場で洋画を圧倒するが「かつての自由を現場はもっているだろうか」と佐藤社長は問いかける。製作資金を集めやすいベストセラーや人気漫画の映画化ばかりで「オリジナルの企画を実現するのは難しい」と多くの監督が口をそろえる。
作家性に敏感な海外映画祭はいち早く反応。塩田作品がロカルノ国際映画祭のコンペに選ばれたのをはじめ、園子温「アンチポルノ」がシッチェス・カタロニア国際映画祭、行定勲「ジムノペディに乱れる」と塩田、中田作品が釜山国際映画祭に招かれた。5作品は11月26日から順次公開。
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2016年10月17日付]
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