ルービンシュタイン ゲーム理論の力 アリエル・ルービンシュタイン著
人々の合理性を問う「数理文学」
あなたは雇用主であって、応募者に推薦状を2通求めていると仮定しよう。各推薦状は100点満点であり、応募者は何点の推薦状を提出してもいい。「2通の合計が100点を超えれば合格」と告知したものの、応募者多数で1通しか読めなくなったために、あなたは応募者に1通のみの提出を求めたとする。ある応募者が59点の推薦状を提出した時、もう1通の推薦状が42点以上であればこの応募者は合格となるが、その可能性はいくらだろうか。
この問いを提起する著者は交渉モデルで有名なゲーム理論の権威。経済モデルを文学と表現し、その劇的な人生と交差させながら、ゲーム理論の魅力を語る。合理性を中核とする著者の研究対象が法学や言語学に至り、「説得の規則」にまで広がる過程を追体験できる。
政府の介入を減らすと最善の結果をもたらすという定理を、これまでにない方法で鮮やかに証明する一方で、「最後通牒(つうちょう)ゲーム」や「宝さがしゲーム」を、パレスチナ自治政府への最後通牒といった独特の例示とともに説明する。読者は寓話(ぐうわ)と現実を往来しつつ、不思議な「数理文学」の世界に引き込まれていくに違いない。
その一方で、学問の安易な応用には懐疑的であり、有用性によって学問を判断することに激しく反対する。著者によれば、ゲーム理論は「戦略的思考の論理の研究」であり、論理によって人々が正直にならないのと同様に、ゲーム理論は人々の行動の指針にはならない。
冒頭の問いへの答えは、「単純な考え方」では、もう1通の推薦状が42点を超える確率が59%となるので合格であり、「戦略的な考え方」では、「59点の推薦状を提出した」という事実からもう1通が59点以下と推測され、42点を下回る確率が高くなるので不合格である。
では現実はどうなのか。著者は実験を行って「単純な考え方の人が43%で、戦略的な考え方の人が57%」という結果を示し、さらに洞察を深めていくが、「あなたは合理的でありたいか」という問いには回答を拒否。実際、著者は「人々が合理でないこと」の合理的説明を試みているようであり、理性と感情の葛藤が感じられる。
我々は著者に合理的と思われているのかどうなのか。こちらの考えが全て見透かされていると思われるほどに次々に説得され、審美眼が磨かれていく。ゲーム理論に肯定的な人にも否定的な人にも熟読していただきたい名著である。
(慶応大学教授 藤田 康範)
[日本経済新聞朝刊2016年10月16日付]
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