がん治療で脱毛・肌くすみ、外見ケアで気持ち前向き
メークやかつら選び指南
9月中旬の午後、がん研有明病院(東京・江東)。明るい光が差し込むデイルームで、がん患者の女性(37)がプロの手によってメークを受けていた。見ていた医師やボランティアから「きれいね」と声が上がる。鏡をのぞき込んだ女性の顔から笑みがこぼれた。
「久々にフルメークをすると別人みたい。やっとここまで回復したと実感できた」。女性は1年前に子宮がんを患って入院。抗がん剤治療で髪と眉毛、まつげが抜けた。「眉毛ひとつであっても、女性らしさが失われたような気がして、鏡を見たくない日もあった」
この日、同病院が開く患者の外見ケアのための「帽子クラブ」で化粧品メーカーのハーバー研究所(同・千代田)の広森知恵子さんに、まつげが抜けた時の自然なアイラインの入れ方を教えてもらった。上まぶたの目尻の際から内側に1センチ描く。「まつげがない時に知っていたら、もう少し自分の気持ちが前向きになっていたかも」と振り返る。
「帽子クラブ」の活動は2000年から。メーキャップだけでなく、かつら選びへの助言や髪の脱毛を隠す帽子の編み物教室を定期的に開く。参加費は無料で、ボランティアが活動を支える。婦人科の副部長で同クラブの代表を務める医師の宇津木久仁子さんは「外見が病気の前と変わると自信が無くなり、知人が面会に来ても会いたくなくなる。メークなどで普段通りの自分になることで治療にも前向きになれる」と話す。
今年から月1回、男性向けの会を設けており、他の病院の患者でも参加できる。肌の簡単な手入れや、眉毛の描き方などを講習する。「がんの治療をしながら仕事している男性にとっても外見は気になるはず。ちょっとしたコツで元気に見せられると知ってほしい」(宇津木さん)。来年から爪のケアも始める計画だ。
がん患者が戸惑う外見の変化は何か。日本対がん協会(東京・千代田)と資生堂は女性のがん患者にアンケートを実施。治療前からの変化で気になるのが(1)肌のくすみ、色素沈着(20%)(2)眉・まつげの脱毛(17%)(3)頭髪の脱毛、爪・指先の変化(それぞれ15%)だった(グラフ参照)。
資生堂は06年に東京・銀座にライフクオリティービューティーセンターを設け、やけどの痕などを隠すメークレッスンを実施している。13年からはがん患者への対応も始めた。患者にも協力してもらい、治療中の不便なことや悩みを基にアドバイスを1冊のパンフレットにまとめた。肌を明るく見せるには「くすみ対策用ファンデーションやオレンジ色の下地を使うとよい」と同センターの小林智子さん。
眉毛が完全に抜けてしまうと、もとの位置が分からなくなることも。そういう時は「人さし指、中指、薬指の3本をアイホールにあて、指先1本分上にあたるところが大体の位置」と教える。
同センターに通う主婦の角田万木さん(55)は卵巣がんの治療の副作用で眉や髪の脱毛に悩み、精神的にも落ち込んだ。だが「ここで化粧をしてもらって表に出る勇気が湧いた。外出すれば季節の花を見て感動したり、外食したりして気分転換になる。メークのおかげ」と言う。
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正しいケア、手引きに 国立がん研究センター
国立がん研究センターアピアランス支援センターは8月、外見の変化への対処法に関する専門家の見方を書籍「がん患者に対するアピアランスケアの手引き」(金原出版)にまとめた。
「治療中の美容について科学的根拠もないまま広まっている。正しい情報を」と野沢桂子センター長。店で「高価な医療用かつらでないと髪が生えない」と言われ、信じてしまう人もいたという。実際には「おしゃれ用でも問題なく、つけ心地などで選べばよい」。
美容に関する対処法を6段階で評価。例えば薬の副作用で手足が痛み赤く腫れた時に保湿薬を塗るのは「科学的根拠がある」、肌のくすみ予防にビタミンCを取ることは「科学的根拠がなく勧めない」など。
「手引き書は注意点も示している。『勧められない』などと無い限り、美容法を取り入れて構わない」(野沢センター長)と話す。
(関優子)
[日本経済新聞夕刊2016年10月6日付]
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