ダンスで少林拳とコラボ 振付家、シェルカウイさん
舞台の幕が上がると、金属製の箱の上に少年僧と向かい合って座るシェルカウイの姿が浮かび上がる。2人に操られるように、中央に並ぶ木箱に潜んでいた武僧たちがゆっくりと起きあがる――。演出、振り付け、主演をつとめる「sutra(スートラ)」(国内巡演中)は、中国・少林寺の現役武僧によるアクロバット・ダンスだ。
バレエ、コンテンポラリーダンス、古典演劇から武術まで、ジャンルにとらわれず、様々な身体表現を取り入れた舞台づくりで世界的に注目を集めるシェルカウイのヒット作。2008年にロンドンで初演、これまで世界60都市以上でヒットを記録してきた。
「もともと中国の武術は好きだった」。創作に取り組むきっかけは、行き詰まりを感じていた07年、少林寺に滞在したことだった。
少林拳といえば、鍛え抜かれた身体で激しい武術を次々に披露する姿が有名だ。だが、武僧たちと対話するうち「静と動、陰と陽といった対極が修行のなかに両立していることに興味をひかれた」という。
たとえば拳のひと突きで爆発的なエネルギーが放出される動的な瞬間の一方に、石のように動かない瞑想の絶対的な静がある。少林拳を激しい動きの面だけでなく、肉体を通した精神修行と捉えたことで創作意欲に火がついた。「技をみせるだけでなく、いままで舞台で表現したことのない武術の本質を表現したい」とアイデアを膨らませた。
シェルカウイは中国語を話せず、武僧たちは英語を解さない。それでも「彼らの動きからは言葉があふれ出している」。ダンス作品として十分、通用すると考えた。少林拳の動作は腕の上げ下げ一つにしても「単に美しさを求めた結果ではない。腕を上げるのは攻撃のため、下げるのは防御のためとすべてに由来があり、それが見る者に伝わる。これは物語を身体表現に変換する振付家の仕事と同じだ」
モロッコからの移民である父とベルギー人の母との間に生を受け、欧州の中心でイスラム文化にも親しんで育った。ベルギーのコンテンポラリーダンスの学校で学んだ後、早くからインド舞踊をモチーフにした作品を手がけたのも、家庭環境を背景に宗教や国籍、様式の壁を意識しない視点があったからだ。
舞踊に託し追い求めてきたテーマは「輪廻(りんね)」。19歳で父を亡くした経験がそうした考えを強く抱くきっかけになったという。「人生は、喪失感をどう受け止めるかを考えながら、精神世界への旅を続けているようなものだ」
「sutra」の舞台では、現代美術の巨匠、アントニー・ゴームリーが手掛けた箱型のセットが武僧たちの手でめまぐるしく動かされ、変わりゆく物質世界を象徴する。築かれるそばから破壊される寺院。ゆっくりと開くハスの花、海を行く船。空き地にはすぐに人が集まり、新しい物がつくられる。
「すべてが壊れたかと思うと、また何かが生まれる。死のあとには生がある。作品を通して、消費社会における物質主義ではなく、不変の精神世界を探求しようという問題意識を提示したい」
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サブカルに「思想」見いだす
子どもの頃から日本のアニメが好きだったという。「自然への畏怖や他者への敬意が根底にあるところにひかれた。日本の漫画やアニメの絵には、作者の育った環境や培われた精神性がよく表れている。欧州には多くの言語や文明が共存しているという特徴はあるものの、自然よりも文明を重んじる傾向が強い」
なかでも手塚治虫作品を愛し、2011年には手塚の思想をダンスにした「TeZukA(テ ヅカ)」を日本で制作、英ロンドンで初演した。15年には「鉄腕アトム」に登場する「地上最大のロボット」をモチーフにした浦沢直樹の漫画「PLUTO(プルートゥ)」も舞台化。漫画のコマ割りを立体化した斬新な演出が話題を呼び、日本でも知名度が高まった。
武術やアニメといったサブカルチャー的な題材に「思想」を見いだし「自分が探求している精神世界にアクセスする」センスに新しさがある。「これからも色々なジャンルの人をひとつにつなげたい」
(文化部 小山雄嗣)
[日本経済新聞夕刊2016年10月5日付]
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