映画『淵に立つ』 深まる悲劇のスリル

近年、目ざましい活躍ぶりを見せる深田晃司監督の最新作。今年のカンヌ国際映画祭「ある視点」部門で審査員賞を受賞した。

金属加工工場を個人経営している夫とその妻、オルガンを習っている10歳のむすめ。平穏な毎日に、ひとりの男が訪れる。夫の古い知りあいらしい男は、そのまま住込みではたらくことになる。妻はとまどうが、謎めく男に惹かれる。

この状況設定は、実は深田の「歓待」(2011年)と同じだ。「歓待」で家庭に侵入してくるストレンジャーを演じた古舘寛治が、ここでは反対に夫の役。

戯曲を配役を変えて再演するようなおもしろさを感じるが、同じなのははじめの設定だけで、そこからの展開は別ものになる。「歓待」の喜劇に対し、悲劇。

ストレンジャー、八坂役の浅野忠信がすごい。白い長袖シャツを、デイヴィッド・リンチのようにいつもいちばん上までボタンをとめて着て、もの静かなたたずまい。内に何を秘めているのか、わからない。

ヒーローから異常な悪人までを自然体で演じた異能のスター、ロバート・ミッチャムを想起させるような鮮烈な存在ぶりである。

八坂は、この家族にとりかえしのつかない爪痕をのこして、失踪する。

後半は、8年後。古舘演じる夫の利雄は、探偵社をつかって八坂の行方を探させつづけている。妻、章江(筒井真理子)も8年まえのできごとに呪縛されたまま。そこに、八坂とつながりのある人物が登場する。家族は、再び淵に立つ……。

深田晃司は、人物の主観的感情よりも、ものがたりの構造を重視する、日本映画では稀少なタイプの映画作家で、ここでは初期設定からの演繹がどんどん悲劇を深めていく。その過程は圧倒的でスリリングだ。だが、最後は深くへ行きすぎ感銘に肉感性がともなわないうらみが、すこしある。1時間59分。

★★★★

(映画評論家 宇田川 幸洋)

[日本経済新聞夕刊2016年9月30日付]

★★★★★ 今年有数の傑作
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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