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治りにくい咳、中高年で急増 肺非結核性抗酸菌症

2016/9/27 日本経済新聞 朝刊

結核菌に似た細菌が引き起こす肺の感染症が中高年の女性を中心に急増している。増加の理由はわかっていないが、1年間に新たに診断される患者の割合は肺結核をしのぐ勢いという。結核のように人から人へはうつらないものの、長引く咳(せき)やたんに悩まされ、体重も次第に落ちてくる。抗菌薬などで治療しても完全によくなることが難しく、新しい治療薬の開発が求められている。

「お母さん、咳が多いね」。2000年暮れ、神奈川県藤沢市在住のAさん(74)は息子にいわれ、かかりつけ医を受診した。

そのときは大きな病気が見つからなかったが、心配だったので定期的にレントゲンを撮ることにした。01年夏、レントゲン写真を見た医師の指示で大きな病院でコンピューター断層撮影装置(CT)を撮り、さらに別の専門病院を受診したところ、「肺非結核性抗酸菌症」と診断された。

2~3種類の抗生物質を飲み続けているが、徐々に、咳やたんがひどくなっている。「坂道を上ったり、重いものを持って歩いたりすると息苦しくなる」というAさん。「これからどうなるのか」と不安を募らせる。

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肺非結核性抗酸菌の顕微鏡写真=結核予防会結核研究所提供

肺非結核性抗酸菌症は、結核菌と、らい菌以外の抗酸菌によって起きる慢性の呼吸器疾患だ。

病原性の抗酸菌は数十種類あり、日本ではこのうち「マイコバクテリウム・アビウム」と「マイコバクテリウム・イントラセルラーレ」という菌による肺MAC症が、肺非結核性抗酸菌症の9割近くを占める。

国立病院機構東名古屋病院の小川賢二副院長は「初期は無症状のことが多い。健康診断で胸部レントゲンに影があり、精密検査を受けてわかるケースが増えている」という。精密検査でCTを撮ると、肺に空洞や気管支拡張の病変が見つかる。さらに、たんなどの検査をして菌が見つかれば、肺非結核性抗酸菌症と診断される。

慶応義塾大学病院の長谷川直樹教授らのグループが6月にまとめた調査で、肺非結核性抗酸菌症にかかる患者の割合が急増していることがわかった。07年に調査したときの2.6倍に増え、肺結核の罹患(りかん)率を上回った。最も難治性のタイプは同約5倍に増えていた。

研究グループは14年、884の医療機関にアンケート調査をした。肺非結核性抗酸菌症にかかる人の割合は10万人当たり14.7人だった。一方、菌が確認された肺結核患者の割合は同10.2人だった。

患者数が急増しているのは、高齢化でかかりやすい人が増えたことや診断精度の向上などが考えられるが、明らかな理由は不明という。

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病気の進行は人によって異なる。「通常は20年から30年かけてゆっくりと症状が悪化するが、まれに数年で急激に悪くなるケースもある」と長谷川教授はいう。

病気がひどくなると亡くなることもある。死亡者数は最近20年間でおよそ6倍に増加しており、2014年には1300人を超えたという。「もはやめずらしい病気ではない。将来は結核の死亡者数を抜くと予想される」と永寿総合病院の南宮湖医師はみている。

治療はクラリスロマイシンとリファンピシン、エタンブトールという3種類の抗菌薬を併用するのが基本になる。抗菌薬が効かない場合は、空洞や気管支拡張病変を手術で取り除くこともある。

ただ、いったん菌が消えても再発するケースもあり、定期的に診察を受ける必要がある。特殊なケースを除けば、治療薬が効く結核よりも、やっかいな病気ともいえる。

このため、新しい治療薬の開発を急ぐ必要がある。現在、通常の治療では菌が消えない患者を対象に「リポソーマル・アミカシン」という吸入剤の臨床試験(治験)が進んでいる。このほか、「ソリスロマイシン」という抗菌薬が出てきた。「この薬の治験は肺炎や気管支炎を対象にしているが、肺非結核性抗酸菌症にも効果があるかもしれない」と小川副院長は期待する。

また、南宮医師らは「どのような人が感染しやすいか研究を進めている」という。感染しやすい人のタイプが詳しくわかれば、治療薬の開発にも役立つと期待される。

肺非結核性抗酸菌は水や土壌中など環境中のどこにでもいる。土ぼこりや水蒸気に含まれる菌を吸い込んで、この病気にかかったと推定される。

土ぼこりを週2回以上浴びる仕事に就く患者のたんに含まれていた菌と、仕事場の土にいた菌の遺伝子型が一致したケースや、浴槽にある出水口などにいた菌が患者の菌と同じだった例などが報告されている。

小川副院長は「感染源を特定するのは難しいが、風呂場を乾燥させて、カビが生えにくい環境にすることが大切。薬が効いて良くなった人は、新たな菌を吸い込まないように家庭菜園などは避けた方がよい」とアドバイスする。

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■罹患率 日本が突出 治療薬の開発急務

肺非結核性抗酸菌症は結核と違って人から人へうつる病気でないため、結核のような登録制度がない。このため、正確な罹患(りかん)率を把握するのは難しい。

罹患率は1970年ごろから国立療養所非定型抗酸菌症共同研究班などが疫学調査をしてきた。罹患率が10万人当たり2人を超えたのが1984年。2001年の調査で罹患率は同5.9人となった。次に調査が実施されたのは07年の同5.7人だった。

その後、菌の検査法や画像など診断技術が進歩した。08年には日本呼吸器学会などが診断ガイドラインを作成した。14年はガイドライン作成後、初の調査となった。この病気は海外でも増加傾向にあるが、日本は突出しているという。

死亡者数も年々増加する傾向にある。将来、結核の死亡者数(年間約2100人)を上回ると予想されている。専門家の間では、結核のように肺非結核性抗酸菌症の罹患率の把握を求める声が多い。

国は疫学調査も含め、発症メカニズムや感染ルートの解明、治療薬の開発などを急ぐ必要がある。

(西山彰彦)

[日本経済新聞朝刊2016年9月25日付]

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