TED TALKS クリス・アンダーソン著
伝える力を得られる希望湧く
わずか18分の間に自身のアイデアを全力で披露する。とかく退屈になりがちなプレゼンテーションを聞き手の世界観を変えるほどの共感と感動を生むエンターテインメントに変えたのがTEDである。TEDのプレゼンがどのように企画され、準備され、演じられているのか。その舞台裏をみせてくれるのが、TEDの代表者によって書かれた本書である。
本書が他のトーク本と異なる魅力を持つのは、テクニックの先にあるスピーチの深みと感動がどこからくるのかを丁寧に描いている点にある。著者は、スピーチで何より重要なのは自信でも、存在感でも、口のうまさでもない「伝える価値のあるなにか」を持っているかどうかにあると説く。ありふれた主張ではなく、あなたの訴えたいこと、そして聞いている人に気づきを与えるものは何か。それは誰もが持ちうるものと著者は言う。
本書では「スルーライン」という重要な概念が登場する。スピーチの一貫したテーマやアイデアのことで、一つ一つの物語をつなぐ横糸のようなものである。このスルーラインによって話し手は聞き手を目的地にたどりつかせることができる。すばらしいプレゼンは単に情報を与えるだけではなく、必ずこのスルーラインが考慮されている。
スルーラインを作った上でそれをどのようにプレゼンの中で表現していくのか。本書では、ストーリーの組み立て方、難しい概念を素人にわかるよう説明するためのポイント、聞き手の考え方を変えるよう説得する際の手法など、重要なツールのすべてが紹介されている。
本書のもう一つの魅力は、登壇者の生の声がふんだんに盛り込まれている点にある。ネットでTEDのスピーチを見ると登壇者の話のうまさに舌を巻く。しかし一部のカリスマを除き、皆決して生まれながらのスピーチの達人なのではない。原稿が自分の一部になるまで何時間も練習を重ねた末にようやく人前で話す恐怖を乗り越え、感動的なトークを完成させていた。こうした姿はTEDの代表者である著者でしか伝えられない。
本書はスピーチをする人のための狭い本ではない。どんなに素晴らしい商品でもその価値を伝える力がなければ顧客に受け入れられない。すぐれたプレゼンに必要な資質はビジネスのすべてに通じる。訳者も語るように、何度か読むうちに自分でもできるかもしれないと希望が湧いてくる一冊である。本書自体が一つのTEDトークになっていることの証しである。
(日本リサーチ総合研究所主任研究員 藤原 裕之)
[日本経済新聞朝刊2016年9月11日付]
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