ぼくのりりっくのぼうよみ 彷徨う現代、うたう10代
野外音楽フェス「MONSTER baSH」(香川県・国営讃岐まんのう公園)初日の8月20日。4ステージのうちの一つ「茶堂」は平屋で三方を囲まれ、蒸し風呂のような熱気。ひょうひょうと登場したラッパー「ぼくのりりっくのぼうよみ」は、背筋を伸ばし6曲を一気に歌い上げた。
「So many words 乾いた言葉を並べて意味を求めて彷徨(さまよ)い歩く」(「Newspeak」)。芯のある甘い歌声が響く。かと思えば人さし指をこめかみに当て、挑発するような破裂音。パフォーマンスに冷静さと激情が入り交じる。
高校生の冬、17歳でファーストアルバム「hollow world」を発表しメジャーデビューした。一風変わった名前は「初めて作ったオリジナル曲が下手で棒読みだったから」。
詩情あふれるリリック(歌詞)は音楽業界のみならず、出版界からも注目されている。「そっと食(は)んだconcrete/一人が寂しすぎて勘繰り/命綱が切れる一瞬が/ずっとずっと夢に出てくるの」(「Black Bird」)。10代とは思えないほどの構成力と叙情の精度。時代に擦り切れる自意識を言葉でそっとなぞり、反ユートピア的な世界観を展開する。
「一歩引いちゃう嫌なタイプの子供だった。友達が遊んでいても自分はいいやって」。横浜市の郊外で育ち、幼い頃から本に親しんだ。「小学校3~4年の頃には図書館で週12冊借りていたことも。ハリー・ポッターとか海外のファンタジー作品が多かったかな」
中学生になりバスケットボール部に入るが、体育会系の雰囲気に合わず「1日でやめた」。ネット上にラップの動画を投稿し始めたのはその頃。「他の人の作品に『すごい』とか『かっこいい』とかいったコメントが付いているのを見て、僕のほうがかっこいいのでは?」と思いのめり込んだ。
音楽一家に育ったのか、と思いきや「ラップというものがあるのか。じゃあやってみようという感じ」とさらり。高校入学の頃に作った「sub/objective」。これがレコード会社の目に留まり、10代のアーティスト限定の音楽フェス「閃光(せんこう)ライオット」に出場。ファイナリストに選ばれ、デビューにつながった。
喫茶店や散歩途中に、リリックの構想を練るというが、読書経験が下敷きになっている曲も多い。最新EP(4曲入りCD)「ディストピア」の収録曲である「Newspeak」というタイトルは、英作家ジョージ・オーウェルの小説「一九八四年」に登場する、単純化された近未来の語法のことを指す。「現代では語彙が少なくなり何でも『ヤバい』『ウケる』で表現しがち。言葉は色。描写する色が少なくなればモノクロの世界になってしまう」
圧倒的な情報量の渦の中、小さな声はかき消えてゆく現代。虚無的かつ反ユートピア的な現実はむしろ、彼らの世代のデフォルト(初期設定)かもしれない。それでも言葉を紡ぎ、歌うのはなぜか。「自分が楽しいから歌っている。どうせ世界に私なんかいなくても同じって言う人がいるけど、そりゃそう。だからこそ、自分の感情が大切。絶望しても仕方がない」
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小説や映画脚本にも意欲
「やれるだけやってみよう、失敗したってみんな覚えてない」。音楽制作にとどまらず、執筆活動にも力を入れる。文芸誌「文学界」3月号では、創作と分類をテーマにした文章を執筆。早川書房が今月上旬から書店で展開する、文庫フェアの小冊子にも紹介文を寄せている。
さらに「ディストピア」の初回限定盤特典として、書き下ろしの短編小説を発表。「ミュージックビデオの監督や映画の脚本にも関心がある。自分を限定しないほうが楽しい」と語る。
都内での取材時、渋谷の雑踏を少し一緒に歩いた。とげとげしい車のクラクション。あふれる人の流れ。するりとかわし、出くわした散歩中の犬に顔をよせ、かと思えば飲食店の看板に見入っている。「食べる時が一番幸せ」と笑う。「誰かの代替として生きる毎日を/肯定できたならgoodday」(「Sunrise(re-build)」)。新世代の歌い手が歩き出した。軽やかに、タフに。
(文化部 岸田将幸)
[日本経済新聞夕刊2016年9月7日付]
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