「その日暮らし」の人類学 小川さやか著
インフォーマル経済の現実は
タンザニアの市場はコピー商品であふれている。衣料品、生活雑貨、何でもあり。安物で、すぐ壊れてしまう。人びとはなぜ、こんなインフォーマル経済に群がるのか。
これもグローバル経済だと、小川さやか氏は言う。先進国の多国籍企業は世界を舞台に、激烈な競争を繰り広げている。はみ出た第三世界の人びとは失業同然で、それでも生きて行く。「その日暮らし」の経済が主流になるのは、当然なのだ。
行商→トラックの荷降ろし→バスの客引き→露天商→大工→……みたいに、誰もがすぐ職を変える。「一つの仕事で失敗しても、何かで食いつなぐ。(……)家族の誰かの稼ぎで食いつなぐ」。儲(もう)かる仕事はすぐ口コミで広まり、大勢が殺到して儲からなくなる。まとまった投資や長期の計画はリスクが大きい。ゆえにLiving for Todayである。
商品を仕入れに、タンザニア人が大勢、中国に押しかけている。香港でビザを取り、広東省で売れ筋商品を買い付け。言葉が通じずとも手ぶりで商談成立だ。だが最近、中国人がタンザニアに出店し始めた。商売を奪われると騒ぎになっている。
産業もインフラも脆弱なので人びとは互助ネットワークと共に生きてきた。いざというとき頼りになる友人を多くもつ。金を貸したら催促しない。携帯電話の送金サーヴィスが最近始まった。出稼ぎ先から実家にすぐ送金できて便利。ちょっと貸して、が言いやすい。言われたら断れない。中国製のスマホを首からぶら下げ、SNSの互助ネットワークを刻々チェックするのが人びとの日課になった。
本書が描き出すのは、教科書にあるグローバル経済の、裏通りにあたるインフォーマル経済の実際だ。第三世界はインフォーマル経済で動いているのに、経済学はこれまで光を当てて来なかった。日本製品は完璧だが高すぎて、第三世界に入り込めない。中国製品はコピー商品にせよ格安スマホにせよ、現地の要求に応え人びとの生活を向上させている。これもグローバル経済なら、日本もインフォーマル経済とどうつきあうか、きちんと戦略を立てるべきだ。
植民地研究からスタートした人類学は対象を拡(ひろ)げて、発展途上のさまざまな社会を研究するようになった。先進国仕様の経済学や政治学が苦手とする隙間を、人類学はうまく考察する。小川氏は本書で、日本経済が共存して行くべき、第三世界の人びとの豊かな多様性に気づかせてくれている。
(社会学者 橋爪 大三郎)
[日本経済新聞朝刊2016年9月4日付]
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